第8話 望んでいた瞬間
第8話
『望んでいた瞬間』


1月1日
この日付は新たな始まりを意味する。

「………ふぅ」

あの日以来。
俺の中で何かがポッカリと無くなった。
それは今まであったものが無くなり、俺自身が欠けてしまったような感じだ。

「……外にでも行くか」

家にいてもしかたがない。

「あ、おにいちゃん? どこに行くの?」

「……外」

「そ、そう。遅くならないでね」

「…ああ」

真奈に断ってから出ていく。

トコトコトコ

俺は無意識のうちにあの公園に来ていた。
見上げた空は真っ黒。
時間は夜を指していた。

「あのときも……夜だったな」

1人でベンチに座り、ジーッと地面を眺める。

「………」

あのときを思い出す。
本当の意味で俺が雪を泣かした。
俺が不甲斐ないばかりに・・・

「……雪」

俺の口から名前がこぼれる。
それは意識してはなく、無意識のことだった。

「――浩ちゃん」

「!?」

雪の声。
雪が俺を呼ぶ声が聞こえた。

「雪?」

顔を上げると、そこには雪の姿があった。

「雪――どうしてここに?」

「さっきね…、真奈ちゃんから電話があったの」

「…そうか」

「………」

あえて電話の内容は聞かなかった。
雪に連絡とは――あいつなりに気をつかったのだろう。

「たぶん……ここにいるんじゃないかなって」

言葉を出す雪に元気はなかった。
雪なりに前のことを気にしているのだろうか?

「…雪」

俺は意を決して話すことにした。

「この前のことだけど…」

「ごめん。もう忘れて…」

そう言うなり、雪は立ち去ろうとした。

「待ってくれ!」

俺は雪の手を掴む。

「浩ちゃん?」

「俺の話を聞いてくれ」

「………」

雪はこちらには向かないものの、話は聞いてくれるようだ。
俺にはそれがわかる。

「俺はバカだから、気づくのが遅いんだ」

「………」

そう、遅すぎた。
離れて気づくもの。
当たり前だと思っていたものが、実はそうではなかった。

「当たり前だと思っていたんだ…」

「………」

「雪の存在が…」

「浩ちゃん?」

俺は後ろから小さな雪を抱きしめる。

「きゃっ、こ、浩ちゃん?」

「お前があのとき離れていって気づいたんだ!」

「浩ちゃん…」

そうだ。
お前は俺にとって――大切な存在なんだ。

「く、苦しいよ〜」

「お前の大切さを知ったとき、俺は無性に寂しくなった」

「………」

「雪――いや、雪音は俺にとって何よりも大切な存在だと…」

「ぐす……浩ちゃん」

「そう、気づいたんだ」

俺はいっそう強く――雪を抱きしめる。

「ほ、本当に苦しいよ…」

「離さないっ! たとえ雪が嫌がっても俺は…」

そう叫ぶ俺の手に、雪は自分の手を重ねてくる。
そして優しく語りだした。

「私ね、浩ちゃんのことが大好きだよ。ずっと、ずーっと前から」

「…雪」

「最初はね、浩ちゃんに彼女ができてもいい――ただ、友達として側にいたいと思った」

「………」

「でも、それも叶わないとわかったとき――告白することにしたの」

「叶わないって――遠くに行くことか?」

「うん。でね、告白を受け入れてもらえたら側にいようって――」

「………」

「断られた場合は――両親についていこうって…」

「…どうして?」

「浩ちゃんに彼女ができるなんてヤダ、友達だけなんてヤダ、私だけの浩ちゃんでいてほしい――」

「雪?」

「気がついたら――私の中で浩ちゃんはこんなにも大きな存在になってた」

「………」

自分の本当の気持ちを語る雪。
俺はそんな雪がたまらなく愛しくなった。

「――雪」

俺は無言で雪の頭を撫でる。
すると雪の耳が赤くなる。
顔は見えないが、たぶん赤く染めているだろう。

「だから――断られたら、浩ちゃんを忘れるために両親について行こうって…」

「………」

「でも――ダメだった。私は気づいてしまったの」

「気づいた?」

「私はどうしても浩ちゃんと離れたくない――ずっとずっと側にいたいって」

「………」

雪はギュッと重ねている手に力を込める。

「私――イヤな女の子だよね? こんなワガママな女の子は嫌いだよね?」

雪は小さな身体を震わせる。
こんな雪を俺は見ていられなかった。

「もう――言うな」

「浩ちゃん?」

「もういいんだ。雪はずっと俺の側にいればいい」

「…うん」

2人の顔が吸い寄せられるように近づく。
もう言葉はいらない。
何も言わなくてもお互いの心はわかっているから。

夜の公園で口付けを交わす2人。
それは2人が気づかないうちに、ずっと望んでいた瞬間だった。




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