第2話『沈黙』
第2話
『沈黙』



唯子の勘違いにより、ふたりの接点は全くなくなってしまった。
同じ大学なので、顔を合わせる機会はあるのだが、お互い目をそらしてすれ違う日々。
――そんなある日。
「唯子、どうしたの?」
学食でひとり寂しく昼食をとっている唯子に、同級生の真奈美が声をかける。
「なにが?」
「最近、元気ないね?どうしたの?」
真奈美の問いに答えず、唯子は静かに箸を動かした。
「彼とケンカでもしたの?」
「か、彼って…。そんな人いないよ」
「嘘つかなくてもいいのよ。私、知ってるんだから」
そう言って真奈美は唯子の向かいの席に座る。
「なかなか格好いい先輩でしょ?」
「そ、そんな人知らない…」
唯子はしらを切るが、その反応が答えも同然だった。
「あの先輩、ちょっと有名だよね」
「有名?」
「うん。格好良くて優しいんだけど、どこか素っ気ないというか…、人を寄せ付けないオーラみたいなのがあるって」
真奈美の言葉に唯子は心の中で頷いた。そして、否定の念も浮かび上がる。
「それでね――」
ふたりが話に花を咲かせていると、ある一組のカップルが唯子達のテーブルに近づいてきた。
「あっ、天宮先輩」
「なんだか楽しそうね。私たちも混ぜてもらっていいかしら?」
「構いませんよ。唯子もいいよね?」
「あ、はい」
先輩と接点のない唯子はとりあえず頷くことにした。
だが、これが唯子が抱える悩みに繋がるとは思いもしなかった。
「天宮先輩、聞いてくださいよ。この子ね、彼とケンカしたみたいなんです」
「ちょ、真奈美っ」
「唯子ちゃんだっけ?そんなこと気にしちゃダメよ。私たちなんて、数え切れないほどケンカしてきたよね?」
「ははっ、そーだな」
天宮は青年の方に笑顔を向けると、彼も笑顔を返す。
2人の仕草に、唯子は少し寂しそうに笑みを作った。
「――で、お相手は誰なの?」
天宮が興味津々と言った顔で唯子に尋ねる。それを嬉しそうに真奈美が答えた。
「名前は知らないけど、ちょっと有名な先輩ですよ!確か、天宮先輩と同じ学年ですよ」
「…それって、もしかして高原くんのことかしら?」
天宮は彼の方にその疑問を投げかけた。それを聞いた青年は少し険しい顔つきになった。
「そんな名前だったかな?ねぇ、唯子?」
「う、うん…」
唯子が小さく頷くと、青年が彼女に疑問を投げかけた。
「本当にアイツと付き合ってるの?」
「アイツって…、お知り合いなんですか?」
唯子の問いに天宮が代わりに答える。
「知り合いもなにも、恭二と高原くんは幼なじみなのよ」
「あっ、そうなんですか」
恭二は静かに頷いた。
「雅人が女の子を泣かせるなんて事は無いはずだが…」
「高原さん、彼女がいるんです。私の気持ちを知っているはずなのに…。言ってくれれば諦めたのに…」
「彼女?そんなはずはない。アイツに彼女なんていないはずだ」
「で、でも…」
恭二は唯子に詳しいことを聞くと、そのあまりにも滑稽な内容に思わず笑ってしまった。
「わ、笑い事じゃないんですっ」
「ご、ごめんごめん。でも、それは君の大きな勘違いだよ」
「勘違い?」
唯子は首を傾げた。
「そのロングヘアーの女の子。雅人の妹の茜ちゃんだね」
「い、妹っ!?で、でも…、仲良く腕を組んでましたよっ?」
「茜ちゃんは極度のブラコンだからね。それくらい不思議じゃないよ」
誰よりも雅人のことを知る恭二の言葉に、唯子は返す言葉が無くなった。
そして、全てが誤解だと知ると、不意に涙が零れた。
「ぐすっ…」
「ちょ、どうしたの唯子?」
「わ、私っ…、高原さんに酷いこと言っちゃった。どうしよう…、なんて謝ったらいいの」
「唯子…」
唯子の姿を見てられないのか、天宮は恭二の脇腹を肘でつついた。
「泣かないでよ。アイツのことなら大丈夫だから」
「ぐすっ…。ほ、本当ですか?」
「たぶんね…」
恭二は消えそうな声で答えると、静かに目を閉じた。
「恭二?」
「アイツは、二度と人を好きなることは無いと俺は思っている。いや、思っていたという方が正しいか。でも、君の話を聞いているとわからなくなってきた」
「あの、なにをご存じなんですか?」
唯子の問いに恭二は首を横に振った。
「それは言えない。それに、君は知らない方がいいかもしれない」
それだけ言って、恭二は席を立った。
「恭二っ」
「どうして知ってはいけないのですか?」
恭二は唯子に念を押す形で答える。
「アイツのことが好きなら、間違っても過去を聞いてはいけない」

いつものように木陰で休む雅人の側に足音が近づく。
その音に目を開けると、そこには恭二の姿があった。
「恭二か、どうした?」
「いや、なんとなくな」
上体を起こす雅人の隣に恭二は座り込んだ。
「お前、好きな子はできたか?」
「なんだ?やぶからぼうに…」
「まぁ、いいじゃないか。答えろよ」
雅人は空を見上げると、呟くように答えた。
「自分でもよくわからないな」
「まだ、美夏のことを引きずっているのか?」
「そんなことはない…、と言えば嘘になる」
「…そうか」
恭二は頷くと、腰を上げた。
「もう行くのか?」
「ああ、天宮が待っているからな」
「うまくやっているみたいだな。たまに恭二が羨ましく思う」
「そうでもないさ」
意味ありげに答えると恭二は背を向けて歩き出したが、途中で足を止めると雅人に一言。
「唯子ちゃんだっけ?いい子じゃないか。お前も過去ばっかり見てないで、未来を見てみたらどうだ?」
再び恭二の足が進む。その背中に雅人は、
「いつも悪いな。迷惑をかける」
と、言うと、気にするなと言う代わりに軽く手を挙げた。




トップへ戻る 第3話へ