第3話『和解』
第3話
『和解』
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よく晴れた昼下がり。
雅人はいつものように木陰の下で昼寝をしていた。
あの出来事以来、ひとりの静かな時間を過ごすことが当たり前になっていた頃。
雅人の目の前に、来るはずのない人物が立っていた。
「……ん?」
静かに目を開くと、唯子が今にも泣きそうな顔でこちらを見ていることに気づく。雅人は何事もなかったように尋ねた。
「どうした?」
「この前は、酷いことを言ってしまってごめんなさい。私の勘違いだったみたいです」
「………」
「今さら謝っても許してもらえませんよね。それでもいいんです、一言謝っておきたかっただけですから…」
唯子はそこまで言って言葉が詰まる。そして、大粒の涙をボロボロ零した。
「本当に自分がバカみたいです。こんな形で終わるなんて…、自分の首を絞めるなんて子供ですよね」
「そうでもないさ」
雅人は立ち上がると、ポケットからハンカチを取り出し、唯子の涙を拭った。
「高原さん…?」
「俺とは違って、君はまだやり直せる。可能性は失ってはいないんだ」
「?…どういう意味ですか?」
唯子の問いには答えず、雅人は無言で立ち去った。
その後ろ姿を唯子は不思議に思いながらも見送った。
次の日から、唯子は消極的ながらも雅人に対して、少しずつアピールを再開させた。
「あ、あの…。お弁当作ってきたのですが、食べますか?――いえ、いらないならいいんですけど…」
唯子は自分で弁当を鞄から取り出すと、今度はそれを戻そうとした。
その姿に笑みを浮かべると、雅人は優しく答えた。
「もらうよ」
「む、無理をしてもらわなくても…」
「久しぶりに綾瀬の弁当が食べたいんだ」
雅人がそこまで言うと、唯子は弾けんばかりの笑顔をこぼす。
「ど、どうぞ。あんまり自信はないんですけど…」
「そんなことはない」
唯子から弁当を受け取ると、雅人はゆっくりと箸を動かした。
――ほどなくして唯子の弁当が空っぽになった。
「ごちそうさま」
「味はどうでしたか?」
「ああ、美味しかった」
「…無理してません?」
「俺は正直者だ」
雅人は空になった弁当箱を唯子に返すと、缶のお茶を一気飲みした。
「好きな人に美味しいと言ってもらえるなんて幸せです」
「………」
「これって、女の子だけの特権――でもないか」
「茜と同じ事を言う…」
雅人の言葉に唯子は目を丸くした。
「茜って、確か妹さんでしたよね?」
「ああ。今年、高校生になったばかりのな」
「日比谷先輩から聞きました。とてもお兄さん思いの子なんですよね?」
唯子に言われて茜のことを思い出したのか、普段は見せない優しい目に変わった。
「よくできた妹だよ。年上の俺が世話されているなんて恥ずかしい話だが、それ以上に茜の優しさが嬉しいんだ」
「本当に妹さんを大事にされているんですね」
「シスコンって言われたらそれまでだけど、それでも俺は茜を大事にしてやりたい。茜がそうしてくれるように、俺もいつまでも見守ってやりたいんだ」
「なぁーんか、ちょっとジェラシー」
戯けたように唯子が微笑む。
「妹さんが羨ましい」
「からかうなよ。兄妹なんだから、不思議じゃない」
「不思議ですよ。そんなに仲がいいなんて、きっかけがないと不自然ですよ」
唯子の言葉に、雅人の顔つきが変わった。その変化に唯子も気づく。
「な、なにか気に障りましたか…?」
「………」
雅人はなにも答えず、静かに腰を上げた。
「た、高原さん…?」
「………」
「わ、私…、いけないことを言ったでしょうか?」
「君は悪くない。君は…」
寂しげに去る雅人を引き止める術を持たない唯子は、ただただその姿を見送るしかできなかった。
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