第4話『敵意』
第4話
『敵意』



空が夕日に染まる頃。
茜はスーパーで買い物を済ませると、まっすぐに兄のアパートへ向かった。
その途中、偶然、茜の姿を見つけた唯子は、戸惑いながらも声をかけた。
「高原茜ちゃん?」
「?…そうですけど、あなたは…?」
茜の問いに、唯子は慌てたように自己紹介をした。
「私、綾瀬唯子って言うの。あなたのお兄さんと同じ大学に通ってるの」
「そうなんですか。それで私になにか…?」
相手の正体が分かったものの、茜は唯子に対して訝しげな瞳で見つめた。
「いえ、とくに用はないんだけど…」
唯子がそう言うと、
「そうですか。それでは失礼します」
相手にしてられないといった風に茜は早々に立ち去ろうとした。
――が、唯子はなんとか押し止める。
「ちょっとだけ話をしない?」
「でも…」
「そんなに時間はとらないから」
「うーん…」
初めは断ろうと思っていた茜だが、唯子と兄の関係が気になったため、付き合うことにした。
「――お兄ちゃんとはどういう関係なんですか?」
場所を近くの公園に移すと、開口一番、茜はそう尋ねた。
「ど、どういうって…。なんでもないことはないんだけど…」
唯子はしどろもどろ答える。そんな姿に、茜はハッキリと尋ねることにした。
「お兄ちゃんと付き合っているんですか?」
「…!そ、そうじゃないんだけどね」
「ハッキリ答えてくださいっ!」
「えっと、友達以上恋人未満…かな?」
唯子の言葉に茜の顔色が変わった。
「そんなわけない!お兄ちゃんが、あなたなんかを好きになるはずないもんっ!」
さすがの唯子も茜の言葉が頭にきたのか、怒鳴り返した。
「いくら高原さんの妹さんでも、そこまで言われる筋合いはないわっ!」
「言うわよっ!私はお兄ちゃんの妹なんだからっ!」
茜も負けじと言い返す。
「恋愛は自由でしょっ!それのなにがいけないのよっ!」
「確かに恋愛は自由だよ?でも、でも…」
茜は言葉が詰まると、声に出さず涙を零した。
「あ、茜ちゃん?ご、ごめんね。怒鳴るつもりはなかったの」
「あなたになにがわかるというのよ…」
「…え?」
茜は俯いた顔を上げると、明らかに敵意を込めた瞳で唯子を睨んだ。
「お兄ちゃんのなにを知っているというのよっ!!」
「…!!」
茜の言葉に唯子は愕然とした。
確かに私はなにも知らない。あの人のことをなにひとつ知らない。
「これ以上…」
「…え?」
「私のお兄ちゃんに近寄らないでっ!」
それだけ言い捨てると、茜は逃げるように姿を消した。

雅人がアパートに帰ると、茜の姿があった。
――だが、いつもの元気がなく、雅人が声をかけるまでその存在に気づかなかった。
「…茜?」
「お兄ちゃん?おかえりなさい」
俯いていた茜が顔を上げる。やはり、その表情は陰りを帯びていた。
「元気がないな。いつも明るいお前が珍しい」
雅人は鞄を置くと、茜の前に座り込んだ。
「なにかあったのか?俺でよければ聞くぞ?」
「…うん。でも、その前に食事の用意をするね?お腹空いてるでしょ?」
「まぁな」
少し元気が出たのか、茜は事前に作ってあった料理を温めると、嬉しそうにテーブルの上に並べた。
「はい、どうぞ」
「ああ、いただきます」
雅人は茜のことが心配だったが、とりあえず先に空腹を解決することにした。
「――ごちそうさま」
「おそまつさまでした。美味しかった?」
「ああ、茜の料理はどこまで上手になるんだ?」
「そ、そんなに誉めないでよ…」
照れたように顔を赤く染めると、茜は長い髪の先を指でいじった。
「さて、お前の話を聞こうか」
「あ、うん。今日ね、綾瀬唯子って人に会ったの」
「…そうか」
茜の言葉に、雅人はさほど驚かなかった。それを不思議に感じた茜だったが、気にせず話を進める。
「あの人と付き合っているの?」
「…べつに」
「それじゃぁ、好きなの?」
「…わからない」
淡々と答える雅人に茜は言葉を失いそうになった。
「………」
「…茜?」
「お兄ちゃん」
「うん?」
「私じゃダメなの?」
そう言って茜は雅人の側にすり寄ると、その肩に体を預けた。
「私はお兄ちゃんの側にいるよ。ずっとずっといてあげる」
「茜…」
「いなくなったりしない。お兄ちゃんのことが大好きだから…」
茜の言葉はそこで途切れた。いや、正確には雅人によって塞がれた。
茜の肩に手を回し、強く引き寄せ顔を近づけると、茜の瞳が静かに閉じた。
――次の瞬間、ふたりの唇は重なった。
「……んぅ」
「………」
「…はぁ」
茜の唇を解放すると、雅人はじっとその瞳を見つめた。
「そ、そんなに見つめられると恥ずかしいよ…」
「綺麗になったな」
「…そんなことないよ。まだまだ子供だもん」
「そうでもないさ」
2度目のキス。初めより長く繋がるふたりの唇がわずかに動く。
舌を絡める行為にどうしていいかわからず、茜はぎゅっと雅人の服を掴んだ。
「…んはぁ。大人のキスだね」
「どうだった?」
「えへへ、気持ちよかったよ」
茜はとろんとした瞳で雅人の胸に体を預けた。
「お兄ちゃん…」
「なんだ?」
「これって、いけないことなんだよね?」
ふと、消え去りそうな声で茜が尋ねた。
「本当の兄妹は、こんなことしちゃいけないんだよね?」
「…そうだな」
「後悔してる?」
雅人は答える代わりに茜の頭を優しく撫でた。




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