第7話『理由』
第7話
『理由』



とくにすることのない病室での日々。
様態も順調に回復に向かい、一般の面会が許された雅人の元に心配する人達が訪れた。
「雅人っ!」
「恭二か。久しぶりだな」
病室に訪れたのは恭二と天宮、それに唯子だった。
第一声を発した恭二は走ってきたのか、汗をひとつ拭うと息をつく。
「ふぅ、心配したぞ」
「それは悪かった。――が、頭の包帯はなんだ?」
「こ、これか?これはだな…」
恭二は苦笑いをすると、素直に答えた。
「――で、こうなったわけなのよ」
最後を天宮が締めると雅人はため息をついた。
「いくら格闘技を習っているからって、危険だろう?」
「お前ほど無謀じゃないから気にするな。それに敵を討ってやったんだ、少しくらいは感謝しろ」
「まぁ、あの男を警察に突きだしてくれたのは感謝している」
雅人は少し照れながら礼を述べる。恭二は満足そうな笑みをこぼすと、雅人の肩を軽く叩いた。
「それにしても、公園でお前と茜ちゃんを見たときは心臓が止まるかと思ったぞ」
「…もしかして恭二だったのか?救急車を呼んでくれたのは…?」
恭二の顔から先ほどの笑みが消え去り、険しくなる。
「ああ。茜ちゃんは放心状態でどうしようもない状態だったからな。ただ、ときおり雅人に謝っているのが見ていられなかった」
「そういう恭二くんだって、今日までずっと不機嫌だったじゃない?私はその姿の方が見てられなかったわ」
「う、うるせーな。雅人のことが心配だったんだよ」
「麗しい男の友情ねぇ〜」
からかうように恭二の脇腹を肘でつつく天宮。
そんな中、まだ一言も喋っていない唯子に雅人は声をかけた。
「綾瀬」
「は、はいっ」
「心配かけて悪かった」
「そ、そんなこと…。本当に元気でよかったです」
唯子はベッドに近づくと、雅人の手を優しく掴む。
「ずっと祈ってたんです。高原さんが元気になりますようにって」
「祈りが通じたんだな」
「で、でも…、こんな無茶はしないでくださいね?」
不意に唯子の目から涙が零れた。
唯子は突然の涙に戸惑いながらも、
「ごめんなさい…」
と、何度も謝った。そんな唯子に便乗するように恭二が呟く。
「そうだな。こんな無茶はしないでくれよ?」
「無茶をしたつもりはない。茜が危なかったから助けただけだ。結果はこうなってしまったが、後悔などしてない」
「確かにそうかもしれないが、茜ちゃんは喜びはしないと思うぞ?お前が傷ついて苦しむのは彼女だからな」
たしなめようとする恭二に雅人とはこう言い返した。
「だったら、茜を見捨てろと言うのか?」
「そ、そうじゃない。ただ、無理をするなと…」
「私は高原くんに賛成っ!可愛い茜ちゃんを助けないのは兄としてどうかと…?」
「お、おまえなぁー!?そう言う問題じゃないだろうがっ」
恭二は天宮に一括をくれると、ふと真面目な目で雅人を見た。
「とにかく無事でよかった。血まみれで倒れているお前を見つけたときは足が震えたよ、俺だけが残されるのかって…」
「なに言ってるんだ。俺は簡単に死ぬつもりはない、茜が悲しむからな」
「茜ちゃんも相当のブラコンだが、お前も負けないくらいシスコンだ」
「ほっとけ」
そしてふたりして笑う。
天宮も唯子もつられて笑うと、病室の空気が軽くなった。

「――そろそろ帰るわ」
しばらく談笑すると、恭二は雅人にそう言った。
「すまないが、おまえに頼みがある」
「めずらしいな、なんだ?」
「お前は悪くない――と、茜に伝えてくれ」
雅人の頼みに恭二はふっと鼻で笑う。
「そんなこと、自分で言えよ。お前らしくもない」
「俺が言っても気休めにしかならない。これ以上、茜が苦しむ姿を見たくないんだ」
「高原さん…」
複雑な気持ちで唯子は雅人を見つめる。
恭二はひとつため息をつくと、
「後で携帯で伝えてやるよ」
と、頭をポリポリかいた。
「頼む。こんな事はお前にしか頼めないから」
「そりゃそーだ。美夏でもいれば…」
「――!」
恭二の言葉に雅人の顔色が変わった。
口が滑ったと恭二は悟る。
「悪い」
「いや、いいんだ。それより頼んだぞ」
「あ、ああ。それじゃーな」
気まずい空気の中、恭二達は病室を出ていった。
そして入れ替わるように茜が姿を現した。
「恭二さん達が来てたんだね。さっき会ったよ」
「ああ」
「綾瀬さんもいた…」
茜の言葉に雅人は無言で答えた。
部屋の空気が重いことに茜は気づくと、話題を変えた。
「それより、体の方は大丈夫?」
「毎日来てるくせになにを言ってるんだ。いたって順調だ」
「それでも心配だもん。あのとき、たくさん血が出てたから…」
雅人は茜の手を引き、少し強引に引き寄せるとキスをした。
「…んぅ!?」
しばらくして唇をはなすと、そっと自分の胸に抱き寄せる。
「茜を残して死なないから」
「お兄ちゃん…」
「お前が助けてくれたように、俺もずっとお前を助けてやる」
「うん…」
茜の頭を優しく撫でると、乾いているはずのシャツが静かに濡れた。




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