第12話『傷跡』
第12話
『傷跡』
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照りつける太陽、海のざわめき、騒がしいほどの人の声。
夏の海は驚くほど賑わっている。
そんな中、夏休みを利用して雅人達は3泊4日の旅行に繰り出した。
「それにしても熱いなー」
「夏だからな」
砂浜にパラソルを立て、敷物の上に座りながら2人は女性陣を待ち続けた。
恭二は海パン一丁の姿でありながら、日々鍛えているので引き締まった体を他の客達が驚いた目で通り過ぎていく。
それに引き替え、雅人は袖無しのシャツを着ているが、それなりに様になっていた。
そのせいか、
「あの、私たちと遊びませんか?」
などと声をかけてくる女性達が後を絶たなかった。
口べたな雅人と違い、女性の扱いに慣れている恭二は彼女たちを上手に追い返す。
――そして30分後。
雅人達の元に、天宮と茜が走って来た。
「遅くなってごめんね〜」
2人は息をつくと、天宮は恭二の隣に座り、茜は雅人の目の前に立った。
「どうどう?似合う?」
嬉しそうに水着を見せる茜に、雅人は言葉を失った。
「茜ちゃんの水着って斬新よね〜」
「それはどうかと…?」
さすがの恭二も疑問を口にした。
少し大胆なビキニを着る天宮に対し、茜は俗に言うスクール水着だった。
「ただのスクール水着じゃないよ?ここがポイントっ!」
そう言って胸元を指さす。
そこには長方形の白い布の上に「たかはらあかね」と名前が縫われていた。――それも平仮名で。
「男の人って、こういうのに萌えるのよね?」
「一部の男にだけな」
雅人は誤解がないように訂正すると、茜を隣に座らせた。そして気づく。
「綾瀬は?」
「まだみたい。一緒じゃなかったから知らないの」
噂をしていると、本人がかなり息を切らして駆けつけてきた。
「はぁ…はぁ…、遅くなってごめんなさい…」
「気にしてない。とりあえず座って落ち着いたらいい」
雅人は茜とは逆の方に唯子を座らせた。
その姿を見て天宮が冷やかしたのは言うまでもない。
「…ふぅ。なんとか落ち着きました」
唯子は胸元に手を置いてひとつ息を吐く。
一見すると茜と同じスクール水着と思いきや、唯子のは前が全て覆われている代わりに背中が大きく開かれており、水泳の選手などが着ているものと似ている。――が、ここにいる女性陣の中で一番豊かな胸をしているので視覚的にはインパクトは強かった。
「…なんですか?」
自分をじっと見つめる視線に気づくと、唯子は少し頬を染めながら尋ねる。
「いや、その水着、似合ってるよ」
「あ、ありがとうございます…」
いい雰囲気の2人に茜はムッとすると、雅人の腕を取る。
「私も似合ってるよねー?」
「ま、まぁな。それなりにいいんじゃないか?」
戸惑いながら答える雅人に恭二は、
「安易な優しさは身を滅ぼすぞ?」
と、助言をするが時すでに遅く、
「お兄ちゃんが気に入ってくれたのなら、今度、この格好でご飯つくってあげるねっ?」
「いや、それは…」
茜はやる気満々でそれを止めようとする雅人の姿はもはや喜劇でしかなかった。
「――さぁ、みんなで泳ごうよ」
天宮はそう言うと、恭二の腕を引っ張った。
「わかったから引っ張るなって。雅人もどうだ?」
「俺か?いや…」
「お兄ちゃんも泳ぐの!さぁ、シャツを脱いでー!」
渋る雅人のシャツを無理矢理脱がす茜だが、その腕が凍り付いたように止まる。
「雅人!それ…」
恭二が驚きの声を上げた。
みんなの視線が集まる先。――それは雅人の腹部だった。
そこは手術の跡が生々しく残っており、誰もが目を背けたくなる光景だった。
「茜」
「は、はいっ」
「シャツを返してくれ」
茜は震える手でシャツを返すと、頭を下げた。
「ご、ごめんなさい!私、うかれてて傷跡のこと忘れてて…」
「謝るな。怒ってないから」
雅人はシャツを着ると、茜の頭に手を伸ばし優しく撫でた。
「恭二、悪いが俺はここにいるよ」
「そ、そうか。仕方ないな」
複雑な顔で恭二は頷くと、天宮と波打ち際に向かった。
「高原くんっ!またねぇ〜」
明るく手を振る天宮に同じように手を振り返す雅人。
重い空気の中、いつものように振る舞う天宮が純粋に雅人は嬉しかった。
「さぁ、俺のことはいいから2人とも遊んでこい」
雅人は元気な声で、俯く唯子と茜に声をかける。
「う、うん…」
気のない返事をする茜。
「お前の勝負水着をみんなに見せびらかして来いっ!きっと男達が声をかけてくるぞっ」
「な、なに言ってるのよ〜?」
茜は照れながらも励ましてくれた雅人のため、元気いっぱいに走っていった。
だが、唯子だけは動こうとはしなかった。
「綾瀬は行かないのか?」
唯子は小さく頷いた。
「俺の心配ならしなくていい」
「…そうじゃないんです」
「…?」
落ち込む唯子に雅人は一瞬躊躇ったが、横を向き、唯子の顔を上げるとそっとキスをした。
「ん…!た、高原さん…?」
「元気だせ」
「…はい」
「よしっ!じゃぁ、俺の代わりに茜と遊んでやってくれ」
元気になった唯子だが、雅人の頼みに今度は憂鬱になった。
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