第13話『決意』
第13話
『決意』
-
夜になり、予約していた少し豪華なホテルで夕食をとると、各自は好きなように時間を過ごす。
部屋はふたつ取っており、男性陣と女性陣とで分ける予定だったが、なぜだか恭二と天宮、高原兄妹と唯子という不可思議なペアになってしまった。
それもこれも、
「お兄ちゃんと一緒じゃないとやだっ!」
と、茜がだだをこねたのが理由なのは想像するに難しくないことである。
「――ふぅ」
ベランダに出ると雅人はひとつ息をついた。
海に面した部屋なので、ここからは夜の海が一望できるのが特徴である。
雲一つない空に、静かに響くさざ波の音。
「夜は人の声が聞こえないな」
「そうですね」
雅人の呟きに唯子が答えた。
「戻ってきたのか?」
「ええ、飲み物を買いに行っただけですから」
唯子は抱えるように持っていたオレンジジュースを雅人に差し出した。
「悪いな」
「いえ。それより、茜ちゃんの姿が見えないんですが、どこに…?」
「退屈だから遊びに行くと言って出ていった」
「ふふっ、茜ちゃんらしいですね」
茜の分のジュースを冷蔵庫にしまうと、唯子は夜風を感じるように目を細めた。
「いい風…、気持ちいいですね」
「そうだな」
雅人は缶の蓋を開け、一気に飲み干した。
「乱暴な飲み方は体に悪いですよ?」
「そんなにヤワじゃない」
「それは羨ましいかぎりです」
そう言って唯子はゆっくりとジュースを飲み干した。
――ふたりの間に静かな時間が流れる。
「………」
「………」
お互いに喋る機会を失って、ただただ波の音に耳を傾けるだけだった。
そんなおり、唯子は思い切って雅人に近寄ると、そっと肩にもたれた。
「ずっと、こうしていられたらいいな…」
「………」
雅人が静かに目を向けると、それに応えるように唯子も濡れた瞳を向ける。
ふたりの瞳がゆっくりと閉じられ、唇が重なった。
「ん……んぅ…」
「………」
雅人の腕が唯子の背中に回され、その華奢な体を強く抱きしめた。
それに応えるように唯子の手も強く雅人を抱き返す。
「んぅ……はぁ」
唇が離れ、唯子は熱い吐息を吐く。
頬は熱が出たのかと勘違いするほど火照っており、心臓が激しく高鳴る。
「俺、綾瀬のことが好きなのかもしれない…」
「…え?」
「自分ではわかりにくいが、君に惹かれている…」
「高原さん…」
不意に唯子の目から滴が零れた。
それは止めどなく溢れ、唯子はひとつも拭い去ろうとはしなかった。
「私、やっぱりあなたを好きになってよかった」
「綾瀬…」
「あなたは優しいもの…。あの人とは違うから…」
「あの人?」
疑問を感じた雅人が尋ねると、唯子の目は一瞬凍り付くが、次の瞬間にはニッコリ微笑み、
「なんでもないです…。大好きです、高原さん…」
少し強引にキスをした。
「――はぁ」
茜はホテルの休憩室にあるソファーに座るとため息をついた。
「これでいいの。お兄ちゃんは綾瀬さんと…。お兄ちゃんのため…」
誰に言うわけでもなく呟く。
そこを偶然通りかかった恭二は気軽に声をかけた。
「どうしたのっ?」
「あっ、恭二さん」
茜は零れかけた涙を拭い去ると笑顔を向ける。
それに気づかないほど鈍感でない恭二は茜の横に腰を下ろすと、おもむろに言った。
「そんなに雅人のことが心配かい?」
「い、いえ。その…」
「隠さなくていいよ。俺と茜ちゃんとも長いつき合いだからね」
「そうですね」
恭二の言葉に茜の心は少し軽くなった。
茜にとって雅人に次に信頼できる数少ない男性である恭二。
茜は思い切って相談することにした。
「私、お兄ちゃんのことが大好きなんです」
「君は昔からそうだね」
「…はい。でも、今はそれ以上の気持ちを持っているんです」
「………」
恭二は無言でタバコを取り出すと火をつけてくわえた。
「君たちは兄妹なんだよ?それはわかってるよね?」
「わかってます。それでも気持ちは治まらないんです。お兄ちゃんには諦めたと言ったんですけど、そんなのできるわけないじゃないですか?こんなにも愛してるのに…」
キュッと苦しくなる胸を手で押さえる茜。
恭二は少し戸惑いながらも言葉を口にする。
「それでも…、君たちは結ばれない」
「それもわかってます。どんなにキスされても…、どんなに抱きしめられても…。私とお兄ちゃんとの距離は縮まらないんです…」
我慢できなくなった茜の瞳から、溢れるほどの涙が零れた。
「もう、私。どうしたらいいかわからないよ…」
「茜ちゃん…」
「どうしてあの人は私のお兄ちゃんなのっ!?ねぇ、私の気持ち、どうしたらいいのっ!」
茜は縋り付く気持ちで恭二に抱きついた。
シャツに顔を埋めながら、溢れる涙を流し続ける。
恭二はただ、茜の気持ちが落ち着くまで泣く場所を貸すことしかできなかった。
「――ねぇ、恭二さん」
落ち着いた茜は恭二から離れると、恥ずかしそうに顔を赤らめた。
「抱いてほしいの」
「…え?」
さすがの恭二も、茜の言葉に目が点になった。
「私の処女をもらってほしいの。こんなこと、お兄ちゃん以外には恭二さんにしか頼めないから…」
「あんまり自棄にならない方がいいよ?」
「そうじゃないの。今のままの私じゃ、前に進むことはできないから…」
真剣な眼差しを向ける茜に、恭二は優しく手をさしのべた。
「――な、なんか怖いな…」
バスローブ姿でベッドで寝そべる茜の上に、ゆっくりと恭二が覆い被さった。
ここは恭二と天宮の部屋である。
天宮が留守だと知っていた恭二は茜をここに誘ったのである。
「天宮さんに悪いかな…?」
「アイツは関係ないよ。それに、風呂にはいると最低でも1時間は戻ってこないから…」
「…そうなんだ」
茜は少しホッとしたが、これから先のことを考えると破裂しそうなほど心臓が高鳴った。
「確認のために聞くけど、本当にいいんだね?」
「…はい」
「最初で最後。こんな無茶な話はこれっきりだからね?」
そう言って恭二は茜の額の髪を優しく払うと、露わになったおでこにそっとキスをした。
「恭二さん…」
「唇にはしないよ。俺と君は恋人じゃないからね」
「そうですね。私もお兄ちゃん以外の人とするのは怖いですから…」
茜ははにかむように微笑んだ。
「こんな事を聞くのもなんだけど、雅人とどこまでしたの…?」
「キスと……、その、お口で…」
恥ずかしさのあまり、茜は両手で顔を覆い隠した。
少し驚いた恭二だが、同時に茜の気持ちも本気だと再確認すると、自分も真剣に応えなければならないと悟った。
「茜ちゃん」
「は、はい…」
「優しくするからね」
恭二は優しく微笑むと、バスローブに手をかけ、ゆっくりと脱がした。
トップへ戻る 第14話へ