第14話『後悔』
第14話
『後悔』



「ぐす……ひっく…」
行為を終えた後、茜は小さな声で泣き出した。
「茜ちゃん…」
恭二はなにを言ってよいのかわからず、泣きじゃくる裸の茜にシーツを纏わせた。
「ひっく……ぅぅ…」
茜は静かに泣き続けた。
その涙は処女を失ったことでもなく、痛みからでもない。
それはただ、少しの後悔からだった。
「ごめんなさい…、恭二さん…」
「…え?」
「言い出したのは私の方なのに、こんな形になるなんて…」
「………」
茜の気持ちを悟った恭二は、タバコを取り出すと火をつけた。
「後悔した?」
「………」
恭二の言葉に茜は涙を拭いながら小さく頷いた。
「そうだよね。好きでもない男に抱かれても嬉しくなんてない。茜ちゃんの涙は当然の結果だよ」
「ごめんなさい…、ごめんなさい…」
「謝ることはない。俺だって、それがわかっていながら君の頼みを断り切れなかった…」
恭二がタバコの息を吐くと、白い煙が天井へと上る。
その光景を恭二は静かに見つめた。
「やっぱり、君は俺にではなく雅人に抱かれるべきだったね」
「そ、それは…?」
「確かにいけないことさ。でもね、君の気持ちは偽りじゃない。だったら、一度でも抱かれるべきだった。そうすれば、心のわだかまりも無くなったかもしれない」
少し開いた窓から風が入り込み、ふたりをそっと撫でた。
茜はまた、静かに涙を零す。
「私、これからどうしたら…?どんな顔でお兄ちゃんに会えばいいの…かな?」
「俺が言えた義理じゃないけど、今までと同じ雅人の妹でいいんじゃないかな?」
「恭二さん…」
感極まった茜は勢いよく恭二に抱きつくと、その反動でシーツが静かに落ちた。
そのとき、
「――ああ、いいお湯だった!恭二っ、帰ってるんでしょ?」
天宮が濡れた髪を拭きながら戻ってきた。
「あ、天宮っ!?」
「………」
目の前の光景に天宮の手が止まった。
恭二はなにかを言おうとしたが、事実を見られたので言い訳するのは止めた。
「これ、どういうこと?」
「見たまんまだよ。茜ちゃんを抱いた――それだけだ」
天宮の鋭い視線を逸らしながら恭二は言った。
茜は我に返ると、恭二から離れ、天宮の方に目を向けた。
「あ、天宮さんっ!こ、これは違うんですっ」
「茜ちゃんは黙ってて!これは私と恭二の問題なのよ」
「………」
天宮に言われ、茜はなにも言えなくなってしまった。
静かに茜が見守る中、天宮は再び恭二を問いつめた。
「理由を説明して!」
「男が女のを抱くのになんの理由がいるんだ?」
「…!?本気で言ってるのっ?そりゃ、恭二だって男だから誘惑に負けることもあるかもしれない。でも、理由もなく親友の妹に手を出すような人じゃないはずよっ!」
「………」
黙ったまま目を反らす恭二の態度に天宮は頭にきた。
「理由を説明できなほど私は信用されてないんだ!?もういいわっ!勝手にしなさいっ!!」
天宮は捲し立てると飛び出すように部屋を出ていった。
「あの、恭二さん…」
恐る恐る尋ねる茜に恭二は微笑んだ。
「気にしなくていい。君が受けた心の傷にくらべれば大したことないよ」
「そんなっ!私のせいで…」
「いいからいいから…」
恭二はシーツを拾い上げると再び茜に纏わせた。
「アイツだって大人だ。なんとかなるさ」
「天宮さんのこと、信頼してるんですね?」
「そうじゃなけりゃ、好きにならないよ」
茜はふふっと笑うと、
「天宮さんには悪いけど、恭二さんのこと奪っちゃおうかな〜?」
悪戯っぽく微笑んだ。

「――なによっ!恭二なんて…!」
天宮が感情を高ぶらせながら通路を走っていると、ドンッとなにかにぶつかった。
「…きゃっ!?」
「あ、天宮?大丈夫か?」
ぶつかったのは雅人だった。
不思議そうな顔を見る雅人に、天宮はわっと泣きながら抱きついた。
「高原くん…、高原くん…」
「ど、どうしたんだ?」
「ごめん…。ちょっと泣かせて…」
雅人は戸惑いながらも承諾すると、天宮の肩に手を回して部屋に連れて行った。
「――取り乱してごめんね?」
「それはいいけど…」
雅人達が部屋に戻ると、そこに唯子の姿はなかった。
「綾瀬の姿がないな…?」
「たぶんお風呂だよ。私が出たとき、入ってきたから」
「そうか」
雅人は頷くと、冷蔵庫から缶ジュースを取り出し、天宮に渡した。
「ありがと」
「これ飲んで落ち着いたら自分の部屋に戻れよ?」
「………」
天宮はなにも答えず、グッとジュースを飲みきると雅人に飛びつきキスをした。
「…ん!?」
「はむぅ……んぅ…」
「…んん。ちょ、天宮っ!?」
目を白黒させる雅人に天宮は色っぽく微笑むと、
「ねぇ、エッチしよ?」
そう言って、雅人の股間に手を伸ばした。
「天宮っ!なんかおかしいぞ…?」
「私だって女だもの。エッチしたいときもあるのよ」
「そ、それなら恭二に――」
雅人の言葉は最後まで言う前に天宮の唇によって阻止された。
「――ふぅ。高原くんって、本当に童貞だったんだね?」
行為を終えた後、天宮はそっと雅人に寄り添った。
「悪かったな。いろいろ理由があるんだよ」
「ううん。悪くなんてないよ。私なんか、エッチした男の数なんて覚えてないくらいだから」
「遊び人なんだな」
天宮は子供のように頬を膨らませると抗議した。
「それは過去の話よ。現在進行形にしないでくれる?」
「そうか。それは悪かった」
「恭二と付き合うようになってから、彼以外の人とエッチしたのは今回が初めてよ」
そう言って天宮は目を伏せた。
「なにがあったかは聞かない。だが、もうこんな事はしないでくれよ」
「なによぉ〜?童貞捨てられて嬉しくないのっ!?」
「そういう意味じゃないのだが、俺にとって女性との関係は戸惑いがあるんだ」
「ふーん。訳ありだねぇ…」
天宮はうんうんと頷くと、今度は雅人の背中をバンバンと叩いた。
「まぁ、いいじゃない!ソープで童貞捨てたと思ってくれたらいいわよ!」
「ははっ、天宮には敵わないな」
ふたりして笑うと、不意に雅人が天宮を抱きしめた。
「た、高原くん…?」
「俺がしてやれるのはこれだけ。元気だせよ」
「…うん。優しいね」
雅人の胸で天宮は静かに涙を零した。




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