第15話『時間』
第15話
『時間』



次の日、日差しが照りつける砂浜で雅人はひとり佇んでいた。
そこへ恭二が近づき、隣に並ぶとタバコを取り出した。
「吸うか?」
「俺は吸わない主義だ」
「そうだったな…」
恭二は自分のタバコに火をつけると、ふぅーっと白い煙を吐いた。
「俺に聞きたいことがあるんだろ?」
不意に恭二が切り出した。
雅人は砂浜に座ると、恭二も座るように促した。
「天宮との間になにがあったか口を挟むつもりはない。だが、茜の様子が変なことに心当たりがあるなら教えてくれ」
「………」
「言いにくいことなのか?」
「…いや」
恭二は大きくタバコの煙を吸うと、豪快に吐き出した。
「昨日、茜ちゃんに頼まれて彼女を抱いた」
「………」
「それを天宮に見られた――それが全てだ」
そこまで言うと、恭二は再びタバコを吸った。
その仕草に雅人は無言で返すと、不意に恭二の胸ぐらを掴んだ。
「ま、雅人!?」
「………」
「殴れよ。俺のことが憎いだろう?大切な妹の処女を奪った俺が憎いだろうっ!?」
「………」
雅人の手の力が抜けた。
がっくりと項垂れる雅人に恭二はかける言葉がなかった。
「どうして……そうなるんだよ…」
「…雅人?」
「茜をそこまで追い込んでしまったのは俺なのに、なんでお前が全てをかぶるんだよ…」
「お前…」
「恭二こそ、どうして俺を責めないんだっ!美夏のときだってそうだっ…!」
「違うっ!あれは事故なんだ。不幸な出来事だったんだよ」
「確かにそうだけど…そうだけどな…」
恭二に縋り付く雅人の目から涙が零れた。
「もう、忘れろよ。いつまでも過去を背負って生きていくつもりか?それこそ茜ちゃんに心配かけるだけだぞ?」
「くっ……そうなんだ…。わかっているけど、だが、俺は…」
「実を言うと、俺も美夏が好きだったんだ。だから、事故の話を聞いたときはショックだった」
恭二は視線を空に向けると、過去を思い出すように話し出した。
「でも、俺以上にショックを受けているお前を見て、支えてやらなくちゃって思ったんだよ。残ったのは俺達だけだから、美夏の代わりは俺しかいないから」
「恭二…」
「なぁ、雅人。あの頃は戻ってこないけど、これからは違う形を作っていけばいいじゃないか?俺と天宮、唯子ちゃんに茜ちゃん。このメンバーなら、お前が望む形にできると俺は思っているんだ」
「………」
「お前ばかりがいつまでも過去を背負って、どうするんだ?そんなんだと、天国にいる美夏も安心できないんじゃないか?」
「恭二の言うとおり…だな…」
気持ちを持ち直した雅人の視界に唯子の姿があった。
「綾瀬…?」
「ご、ごめんなさいっ!立ち聞きするつもりはなかったんです…」
口に手を当てる唯子は少し震えていた。
恭二はすっと立ち上がると、唯子の前まで歩いていく。
「聞いてしまったのは仕方ない。まぁ、君がここで知るのも運命ってやつかな」
「日比谷さん…」
「後は君に任せるよ」
恭二は唯子の肩を軽く叩くと、振り返ることなく去っていった。
突然のことにどうしていいかわからない唯子は、とりあえず雅人の側に行った。
「あの、私、高原さんのことなにも知らなくて…」
「情けないだろう?いつまでも過去のことを引きずっているなんて…」
「そんなことないですよ」
唯子は優しく微笑むと、そっと雅人の頭を自分の胸に抱きしめた。
「それほど大切な女性だったんですね。高原さんにとって、忘れられない大切な人」
「………」
「私、待ってます。高原さんが吹っ切れるまで、待ってますから」
雅人の胸に大きく響く言葉。
雅人はこのとき悟った。――この女性は今の自分を強く支えてくれる存在だと。
「綾瀬」
上体をあげた雅人は唯子を強く抱きしめると、強引にキスをした。
「んむぅ…!?」
「綾瀬……ん」
「た、たか……ん…ぅ」
――時間が止まったように重なる唇。
雅人はそっと離すと、じっと唯子を見つめた。
「そ、そんなに見つめないでください…」
「こんな俺だが、待っていてくれるか?」
「…え?」
「いつか吹っ切れたとき、俺の気持ちを受け取ってほしい」
「…はいっ!そのときは喜んで」
満面の笑みで答える唯子の目尻に、一筋の涙が光った。




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