第16話『歯車』
第16話
『歯車』



――時を同じくしてホテルでのこと。
「茜ちゃん、ちょっといいかな?」
ロビーのソファーで俯き加減の茜に天宮は声をかけた。
「あ、天宮さんっ…!?」
「そんなに怖がらないでよ。別に怒りに来たんじゃないんだから…」
天宮は微笑むと茜の隣に座った。
茜にはなにを言っていいかわからず、ただただ俯くしかできなかった。
「昨日のことだけど、別に茜ちゃんには腹を立てているわけじゃないの。私が怒っているのは、なにも言ってくれない恭二のこと。彼ね、大事なことは彼女の私ですら相談しないで決めてしまうから」
「きっと、心配かけたくないからですよ?」
「それはわかっているんだけどね、信用されてないみたいで…」
茜は天宮の手を取ると、瞳を真っ直ぐに向けた。
「恭二さんは天宮さんのことを信じてますよ。昨日だって、天宮さんが出ていった後、心配した私に『アイツだって大人だ。なんとかなるさ』って言ってましたよ?普通、あんな現場を見られたら、そんなこと言えませんよね」
「ふふふっ!恭二らしいわ。暗黙の了解っていうわけね」
「天宮さんには誤解されたままじゃいけないと思うから、理由を聞いてもらえますか?」
「誤解はしてないけど、気にはなるから言える範囲で教えてもらえるかしら?」
茜は頷くと、経緯を簡単に説明した。
「――そうだったの」
全てを聞き終わった天宮の表情が真剣になった。
「ごめんなさい。恭二さんを取るつもりはないんです」
「もしそうなら、若さで負けちゃうかしらね?」
「い、いえっ!私、天宮さんほど魅力的じゃないですから…」
「そんなことないって!すっごく魅力的じゃないっ」
天宮は困惑する茜を抱きしめると、頬をスリスリと擦り合わせた。
「天宮さんっ!恥ずかしいですよ…」
「私もね、あなたに言わなくちゃいけないことがあるの」
「…え?」
茜から離れると、天宮は少し俯いた。
「あなたの気持ち知らなくて、高原くんとエッチしゃったの」
「お、お兄ちゃんと…?」
「あの後、高原くんと会ったのよ。ちょっと自棄になってたから勢いで迫っちゃって、そのまま最後までしちゃったの…」
不意に目から涙が零れると、天宮はそっと拭った。
「過ぎたことだけど、少し後悔してるの。過去には沢山の男と寝てきたのに、そんな私がひとりの男を真剣に愛してる。男ってね、女ほどではないにしろ独占欲が強いものなの。今までの彼は私の過去を知ると見放していったわ。でも、恭二だけは違ったの。彼は私の全てを含めて好きになってくれた」
「天宮さん…」
「そんな彼を裏切ったようで…」
今まで涙を見せたことな天宮の姿に、茜はなぜか親近感を覚えた。
天宮さんって、軽い感じの人だと思っていたけど、心はすっごく純粋なんだ…。
「高原くんにも悪いことしゃったわ。ごめんね?」
「もう、過ぎたことですから謝らないでください。お互い様じゃないですか」
「本当ね。茜ちゃんって、見かけによらず強い子ね〜」
「これでも、お兄ちゃんを支えてる身ですから」
天宮は顔を上げると笑顔を綻ばせた。
「茜ちゃんの気持ちも複雑だね。実の兄妹じゃ結ばれないものね」
「…はい」
「だったらね、一度、抱かれなさいよ。それで全てを諦めるの!それしかないわ」
「恭二さんと同じ事を言うんですね?」
「そう?恭二なら、こう言うんじゃないかって思ったんだけど、正解みたいね」
天宮は席を立つと、ぐーっと体を伸ばした。
「んんー!真面目な話をしていると体が凝っちゃったみたい」
「年ですか?」
「言ったわねー!これでも若いつもりよっ。あなたよりは年食ってるけど」
そしてふたりして笑う。
「そうそう。それより、体の方は大丈夫なの?歩きにくくない?」
「え?あ、少し…」
いきなりの質問に茜は頬を赤らめる。
「初めては高原くんにあげたかったのよね?」
「あ……その…」
「大丈夫よ。一回したからって、すぐに慣れるようなことじゃないのよ。何回かは痛いから」
「そ、それがどういう…?」
「痛がる仕草を見たら納得するんじゃない?高原くんって、そういうタイプよね」
「……?」
「エッチした私が言えることなんだけど、初めてのくせにノリが悪かったの。淫乱な女は嫌いなんだわ、きっと」
「天宮さんって、淫乱なんですか?」
悪気のない茜の頬を天宮は軽くつねった。
「いらい…」
「経験豊富だからね。ちょっとはそういうところもあるんだと思うけど、恭二はそこも好きになってくれたの。――そう考えると、彼って変わってるわね」
「はらしてくらはい…」
天宮の手が離れると、茜は少し赤くなった頬をさすった。
「こんな事を応援するのも変だけど、あなたの気持ち、高原くんに思いっきりぶつけなさい!全てを吹っ切れるくらいにねっ」
「天宮さん…」
「私も恭二と真剣に向かい合ってみるわ。だって、彼とはずっと先まで一緒にいたいから」
「頑張ってくださいね。私も、いつかお兄ちゃんと綾瀬さんの仲を祝福できるように頑張ります!」
茜が元気よく指を立てると、応えるように天宮も指を立てた。




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