第18話『兄妹』
第18話
『兄妹』
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ある日、雅人がいつものようにアパートに帰ると、部屋の明かりがついていた。
――ガチャッ!
ドアを開けると、そこにはしばらく見てなかったエプロン姿の茜がいた。
「お帰りなさい」
「ただいま」
「お腹空いたでしょ?すぐ用意するね」
今までの空白が何事もなかったかのように振る舞う茜に戸惑いを覚えながらも、雅人は鞄を置いて座った。
「――ごちそうさま」
食事中、ふたりの間に一切会話はなかった。
雅人はなにを話していいかわからず、茜もまた、なにひとつ口を開かなかった。
「おそまつさまでした」
茜はそういって食器を流しに持っていくと洗い始めた。
その背中を見ていた雅人だが、意を決して言葉を出した。
「茜」
「うん?」
「俺のところに来た理由はなんだ?」
「………」
その質問に茜はなにも答えなかった。
水道から流れる水の音と食器が重なる音が静かに響く。
「恭二とのこと、知ってる」
「…!」
「そのことでお前が俺のところに来づらかったことは理解しているつもりだ。だが、今、俺のところに来る理由はなんだ?」
「来ちゃダメかな?私がいたら迷惑かな?」
振り向いた茜の瞳から涙が零れていた。
その姿を見た雅人は一瞬言葉を失う。
「綾瀬さんとの仲を邪魔するつもりはないんだけど…」
「そういう意味で聞いてるんじゃないんだ」
「私、お兄ちゃんにずっと会いたかったから…」
茜は両手で顔を覆うと、わっと泣き出した。
「もう、自分がわからないよ。どうしたらいいのか、気持ちの整理ができないの…」
「…あかね」
「いきなり来ちゃってごめんなさい。私、迷惑だよね?」
「そんなことはない」
「ううん。迷惑ばかりかけている私なんか、いない方がいいよね?」
茜は包丁取り出すと、その刃を手首にあてた。
「お、お前――なにをっ!?」
「さようなら、お兄ちゃん」
目を閉じる茜に雅人は無我夢中で飛びついた。
包丁を取り上げ、それを遠くに投げ捨てると、茜を強く抱きしめた。
「ばかっ!死んでどうするんだよっ!!」
「うっく、お兄ちゃん…」
「それでお前は満足なのか?それでいいのか?」
「死にたくない。お兄ちゃんを愛している気持ち、無くしたくないよ…」
「あかねっ…!」
雅人は抱きしめる手に力を込めた。
「く、苦しいよ。はなして…」
「離すものかっ!これ以上、大切な人を失ってたまるものか」
いつしか雅人の目から涙が零れていた。
震える手で茜を強く抱きしめる。あのときの悲劇を繰り返さないように。
「お兄ちゃん…」
「お願いだから死のうなんて考えないでくれ。俺がずっと側にいてやるから…」
「そんなこと言って、綾瀬さんはどうするの?」
「………」
茜はふっと微笑むと、雅人の背中に手を回した。
「ごめんね。私、卑怯な女の子じゃないよ?そんなことして気を引こうとなんて思ってないから」
「俺、自分が間違っていたのかもしれないな」
「ん?お兄ちゃん…?」
雅人は茜を解放すると、その両肩に手を置いた。
「妹として、ひとりの女性としてお前が大切だって、気づいたよ」
「………」
「茜のことが好きだ、愛している」
いきなりの告白で声にならない茜は両目から止めどなく涙を溢れさせた。
それを優しく拭うと、頬に手を添え、静かに唇を重ねた。
――その日、ふたりは初めて体を重ねた。
「茜、力を抜いて」
「は、はい…」
雅人は自分のモノを掴むと、入り口にあてて少し押し込んだ。
「ん…!い、痛い…」
「止めようか?」
「へ、平気だから続けて。私が痛がっても気にしないで続けてほしい」
「それは…」
「お願い。セカンドバージンを奪ってほしいの…」
雅人は頷くと、覚悟を決めて一気に奧まで押し込んだ。
「――!!」
茜は声にならない悲鳴を上げると、シーツを強く握りしめた。
「茜、全部入ったよ」
「はぁ……はぁ……」
痛みに耐えながら荒い息をつく茜を雅人は優しく抱きしめた。
「よく頑張ったな」
「はぁ……はぁ……お…にいちゃん…」
「もう離さないよ。お前をひとりにしない」
「…はぁ……ぐす……」
涙でくしゃくしゃの顔しながら茜は呟く。
「嬉しくて、言葉にならないよ…」
「なにも言わなくていい。全部わかっているから」
肩に掛かる茜の髪を払うと、首筋にキスをした。
――次の日の朝。
「うん……朝か?」
窓から差し込む日差しで目を覚ます雅人の隣には、幸せそうな寝顔の茜がいた。
雅人は起こさないようにベッドから出ると、茜の肩までシーツをかぶせた。
「さて、行くか」
簡単に朝食を済ませ、着替えた雅人は鞄を持って玄関で靴を履こうとすると、
「あれ?もう朝なの…?」
ベッドから茜の声が聞こえた。
「俺は大学に行って来るから、茜はまだ寝てろ」
「え?でも、学校が…」
「あ、あんまり無理することはない。体が辛いだろう…?」
照れたように言う雅人に、茜も昨晩のことを思い出したのか、ボッと顔を赤く染めた。
「うん。お、お兄ちゃんが激しくするから…」
「わ、悪かったよ。つい…」
「つい…?なに?」
「お前が……可愛かったから…」
恥ずかしさのあまり雅人は頭をかきむしる。
その仕草を見た茜は小さく微笑むと、背を向ける雅人にシーツを纏ったまま寄り添った。
「ありがとう、お兄ちゃん」
「………」
「私、なんとか立ち直れそうだよ。お兄ちゃんのこと、諦めることができると思う」
後ろから手を回してくる茜に、雅人はそっと自分の手を重ねた。
「どうしてお前は俺を困らせるんだ?」
「…え?」
「お前に諦められたら、俺はどうしたらいいんだ?」
「だって、お兄ちゃんには綾瀬さんが…」
雅人は振り返ると、驚いた顔の茜に唇を寄せた。
「茜じゃなきゃ、俺にはダメなんだ」
「で、でも、綾瀬さんには…」
「俺の口からちゃんと言うよ。俺にとって大切な女性は茜だって」
「お兄ちゃん…!」
茜は一瞬嬉しそうな顔をしたが、その表情が曇る。
「でも、私たち兄妹なんだよね?お父さんとお母さんが悲しむよ…」
「実はそれも考えた。この際黙っておくか、それとも正直に言うか。――茜の意見を聞きたいんだ」
「………」
「答えは今すぐじゃなくていい。茜が卒業したら、そのとき聞くよ。それまでは今のままでいよう」
「…うん」
茜は頷くと、雅人の胸に体を預けた。
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