第19話『墓前』
第19話
『墓前』



茜と結ばれてから数日が経った日。
雅人は一度も訪れたことの無い墓所へ足を運んだ。
「悪かったな。一度も墓参りに来てやらなくて」
線香に火をつけ、軽く払って煙だけ立たせるとお墓にさした。
「こんな俺の姿を見てお前はどう思うだろうな?笑うだろうか、それとも怒るだろうか?」
今にもその顔が思い浮かぶのか、雅人はふっと微笑んだ。
「なぁ、美夏。お前が死んで以来、俺はなにか大切なものを失っていたんだ。それを思い出させてくれたのは大学の後輩の綾瀬だった。そして、皮肉にもその大切なものは綾瀬ではなく妹の茜だった。滑稽だろう?実の妹を愛してしまったんだ。でもな、茜も俺を愛してくれているんだ」
雲一つない空。雅人はその大空を仰いだ。
「世間は俺達を認めないだろう。だけど、俺の気持ちは本気なんだ。茜は俺のせいでたくさん傷ついた…。この前なんて、自殺しようとまでしたんだ。そんな茜を俺は守ってやりたい。ずっとずっと守ってやりたいんだ」
雅人の言葉に答えるように、不意に優しい風が吹いた。
「死んだお前に頼むのもなんだが、俺をバカだと思うのなら助けてくれないか?茜のためにも、この先、心配なく生きられるように…。難しい話だけどな」
雅人はひとつため息をつくと、美夏の墓を後にした。

「――話ってなんですか?」
いつもの木陰で寝そべっていた雅人は目を開けた。
恭二に唯子に対して伝言を頼んでいたことを思い出すと、すぐに上体を起こす。
「単刀直入に言う。君とはもうつき合えない」
「…どういうことですか?」
来たときは微笑んでいた唯子だが、その表情が険しくなった。
「言葉通りだ。俺には他に大切な人がいる」
「…茜ちゃんですね」
「…ああ」
唯子は静かに震えると、どっと言葉を吐き出した。
「あなたと茜ちゃんは兄妹なんですよっ!?わかっているんですかっ!」
「承知の上だ。そのことは茜も悩んでいて、自殺しようとまでした」
「え…!?」
「なんとかそれは未遂で終わったけどな」
雅人の言葉に唯子はホッと胸をなで下ろした。
「そのとき気づいたんだよ。俺が本当に守ってやりたい人が…」
「高原さん…」
「自分勝手で悪いと思っているが、君とはもう――」
そこまで言って雅人の言葉は唯子の唇で塞がれた。
「んぅ…」
「………」
「…ん…はぁ。そんなの酷いです」
恨めしそうに見る唯子の視線から雅人は目を反らした。
「私の気持ちはどうなるんですか?あんなに期待させて、そんなの酷いですよっ」
「…悪い」
「謝られても困りますっ!恋愛は自由なんですから、私はただ、それに負けただけです」
「………」
なにも言えない雅人に、唯子は微笑んだ。
「ひとつだけ、お願い聞いてくれますか?」
「お願い?」
「はい。それであなたのことは諦めます」
――俗に言うラブホテルの一室。
唯子の願いとは、自分を抱いてほしいと言うことだった。
「私みたいな女の子は抱きたくないですか?」
無言でいる雅人に唯子は尋ねた。
「そうじゃない。俺に抱かれても意味が無いじゃないか?」
「そんなことないですよ。私にとっては大切なことなんですから」
唯子はそっと唇を寄せた。
「んぅ……ぅ…」
「……ん。後で責任とれなんて言わないでくれよ?」
「心配しないでください」
雅人は唯子を仰向けに寝かせると、その上の覆い被さり、バスローブに手をかけようとしたが、
「ま、待ってください」
唯子がその手を遮った。
「どうした?」
「お願いです。絶対、私を抱いてくださいね?」
「それを望むなら…」
「絶対の絶対に抱いてくださいね?」
雅人は不思議の思いながらも不安の色を浮かべる唯子を後目に、ゆっくりとバスローブをはだけた。
「……!」
その瞬間、雅人の手が止まった。
唯子の肌、それは信じられないものだった。
「抱いて…下さい…」
「この傷跡、なんなんだ…?」
「なにも聞かないで、抱いてください…」
雅人は頷くと、唯子の胸に顔を埋めた。
「――ごめんなさい。無理なお願いをして」
行為を終え、唯子は静かにバスローブを羽織った。
「いや。これで君の気が済むならおやすいご用だ」
「優しいですね」
唯子は微笑むと、雅人の肩にもたれ掛かった。
「この傷、前の彼氏につけられたものなんです」
「…ひとつ疑問に思ったのだが、キスは初めてと聞いた覚えがあるのだが、処女じゃない。それに彼氏がいた――話がまとまらないのだが…?」
「そうですね。前の彼氏は酷い人で、私の体が目当てだったのかもしれません。キスとか抱きしめてくれたことは一度もなく、エッチだけは強要させられて、とくにSMが趣味だったみたいです。こんな傷までつけられて…」
涙を零す唯子を雅人は優しく抱きしめた。
「もう言わなくていいよ。これで君の水着の意味も、あの夜の言葉もわかった」
「私、男性不信だったんです。でも、高原さんはとっても優しくて、この人なら大丈夫だと思っていたら、とても好きになっていたんです」
「こんな俺を好きになってくれてありがとう。でも、君にはもっと素敵な人がきっと現れるよ」
雅人の言葉に唯子は微笑んで、
「高原さんよりですか…?」
と、悪戯っぽく言った。
「ああ、そうだ」
「それなら待ってみますね?そっちの方がお得みたいです」
雅人は抱きしめる手に力を込めると、
「君には感謝している。俺が忘れていた大切なもの気づかせてくれた。おかげで手遅れにならずに済んだのかもしれない。もし、君がいなかったら茜はこの世にはいなかったかもしれないんだ」
ありったけの感謝の気持ちを伝えた。
「私も同じです。高原さんのおかげで男性不信が治りました。それにこんな体の私を抱いてくれて…、嬉しくて涙が零れてしまいます」
唯子を抱きしめる手を緩めると、雅人は目を合わせキスをした。
そして唯子のバスローブに手をかけると静かに脱がす。
「た、高原さん…!?」
「もう一度、君を抱いていいかな?」
「…!はいっ」
雅人の言葉に唯子は感激の涙を溢れさせた。




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