第20話『勘当』
第20話
『勘当』
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――年月は経ち、雅人は大学を卒業し、就職した。
そして茜もまた、高校を卒業した。
あのときの答えを雅人は尋ねる。
「茜、どうする?」
「…うん。私ね、ずっと考えたんだけど、やっぱり黙っているのは嫌なの」
「わかった。だが、ひとつだけ言っておく。両親が許してくれる可能性はゼロだ。結果は目に見えているが、その後はどうする?俺と一緒に暮らすか?」
茜は静かに頷いた。
「両親と一生会えなくてもいいんだな?」
「……うん。お兄ちゃんのこと、一番愛しているから」
一筋の涙を零す茜にキスをすると、雅人は手を取ってアパートを出た。
――実家へと向かう道中。
小刻みに震える茜の手を雅人は強く握った。
「大丈夫だ。なにがあってもお前は俺が守ってやる」
「…うん」
――実家に着くと、両親が笑顔で出迎えた。
その笑顔が辛くて、雅人はわずかに視線を逸らした。
「雅人が帰ってくるなんて久しぶりだな。元気にしてたか?」
「ああ、まあね」
雅人は曖昧に返事をすると、母が出した麦茶を一口飲んだ。
家族が集まる部屋。
雅人と茜は並んで座り、その手前には母と父が並んで座っている。
久しぶりの家族集合に母は大喜びで、滅多に笑わない父もこのときばかりは笑顔をこぼす。
懐かしい感覚に雅人は戸惑った。
この中で茜との関係を口に出せば、家族はバラバラになってしまうかもしれない。
それでも、ふたりで決めたこと。いつまでも隠し続けても苦しいだけだと思った雅人は意を決して言った。
「父さんと母さんに大事な話があるんだ」
「おお、なんだ?婚約者でもできたのか?」
冗談っぽく言う父に雅人は頷いた。
「そうかそうか、それはよかった。なぁ、母さん?」
「そうね。ちょっと早いかもしれないけど、その人のことを大事に思っているのなら関係ないわね」
喜ぶ両親に雅人は冷静に言った。
「その相手は――茜なんだ」
部屋の空気が重くなった。茜はなにも言えず、ただ俯くだけだった。
「久しぶりに帰ってきたと思ったら、そんな冗談を…」
「冗談じゃない。本気なんだ」
「雅人。自分がなにを言っているのか、わかっているのか?」
「ああ、俺は正常だ。妹の茜を愛している」
状況が納得できない父は茜に尋ねた。
「茜、どういうことなんだ?」
「…ごめんなさい」
茜は俯いたまま謝った。
父はカァーッと頭に来ると、大きな声で怒鳴りつけた。
「お前達っ!そんなことが世間に通用すると思っているのかっ!!」
「お、落ち着いて、あなた」
「母さんっ!?だ、だが…」
母は俯いたまま涙を零す茜の側に行くと、そっと顔をのぞき込んだ。
「茜ちゃん。本気で雅人くんのことが好きなの?」
小さく頷く茜の頭を母は優しく撫でた。
堪えきれない涙が茜の頬をつたい、いくつも手の甲に落ちていく。
「そう、あなたは昔からお兄ちゃん子だったものね」
「母さんっ!そういう問題じゃないだろうがっ」
「そうは言っても、美夏ちゃんが亡くなったとき、落ち込んだ雅人くんを支えたのは誰だったかしら?」
「そ、それは…」
母の言葉に父が怯む。
「あなたでも私でもない、茜ちゃんだったわ」
「お母さん…」
「そんなに泣かないで。あなたの気持ちはわかるけど、兄妹は結婚できないのよ?それはわかってるわよね?」
茜は涙で腫らした顔を上げると、うんと頷いた。
「好きな人の子供も産めないのよ?それでもいいの?」
「ぐす……お兄ちゃんと一緒なら…いいの…」
「そう、茜ちゃんの気持ち、わかったわ」
母は顔を上げると、渋い顔をする父に面と向かった。
「許してあげましょうよ。あなた」
「そんなことできるわけないだろう!?」
「この子達だって子供じゃないのよ?ちゃんと現実もわかっているわ。それでもふたりで決めたことなら、私たちがどれだけ言っても意味がないわよ」
「うぬぬ…」
父は唸ると手を組んでイライラする。
母は雅人の方に向くと、強い眼差しを向けた。
「あなたは男だから、最後まで責任をとって茜ちゃんを守ること!いいわね?」
「母さん…。はいっ!」
「まぁ、雅人くんなら心配ないわよね。体を張って守ったことがあるもの」
「あんな無茶はもうしないよ」
「そうね。いくら体を張っても、死んでしまったら意味がないからね」
母は微笑むと、ふたりの頭を優しく撫でた。
その光景を見た父は、席を立つと雅人の前に立った。
「父さん?」
「母さんは許したが、父さんは許したつもりはない!」
父は雅人の胸ぐらを掴むと、その頬に豪快な拳をふるった。
「――ぐっ!」
「あなたっ!」
「母さんは黙ってろ!これは私と雅人の問題だ」
「………」
父にそう言われ、母は難しい顔で黙り込んだ。
「兄妹でなど私は許さないぞ!」
「初めから許してもらおうなんて思ってないさ」
「なんだと!?」
「黙っているのが嫌だったから、ふたりで決めて言いに来ただけだ」
「………」
雅人の言葉に父は無言で背を向けると、
「出ていけ!お前達など私の子供じゃないっ!」
そう言い放った。
雅人は血がにじむ口の端を拭うと、ひとつ頭を下げた。
「今までお世話になりました」
「雅人くんっ!」
「母さん、さようなら」
雅人はひとり、家を出ていった。
残された茜はどうしていいかわからず、おろおろしていると、
「さぁ、雅人くんの後を追いなさい」
母が優しく声をかけた。
「お母さん…」
「あなたの気持ちに素直になりなさい」
「で、でも…」
戸惑う茜を母はそっと抱きしめる。
「大丈夫よ。いつかまた、きっと会えるから…」
――実家を出た雅人はゆっくり歩いた。
どこに行くわけでもない、あてもなくフラフラしていると、その背中を茜が追いかけてきた。
「お兄ちゃんっ!」
どんっ!――っと茜が雅人の背中に抱きつく。
「茜、ごめんな…」
雅人の体が小刻みに震えた。
茜はそれに気づくと、雅人の体を強く抱きしめる。
「いいの。私たちが選んだ道だもの、後悔はしてない。だから――泣かないで」
「……くっ」
溢れる感情を抑えることができず、雅人は静かに涙を流した。
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