エピローグ『君と歩く未来』
エピローグ
『君と歩く未来』



――あれから数年。
雅人と茜は今まで住んでいた町を離れ、違う町で一緒に住んでいた。
平日はふたりとも仕事を持っており、休日は仲良く出かけるのは近所でも評判である。
そんな休日のある日。
「おっ?雅人じゃないかっ」
「恭二か?久しぶりだな」
茜と買い物をしていると、恭二と天宮に出会った。
「いろいろあったみたいだけど、元気そうで安心したよ」
「心配かけて悪かった。今では仲良く暮らしているよ」
男ふたりで話を咲かせる中、こっちは女ふたりで話を咲かす。
「おひさしぶりです。天宮さん」
「あら、茜ちゃん?ずいぶん美人になったわね。お姉さん負けたわ」
「そんなことないですよ。モデルをやっている天宮さんには敵いません」
「知ってるの?恥ずかしいわね」
天宮は現在モデルをやっており、最近では人気が出てきてファッション雑誌などの表紙を飾ることもしばしば。
雅人達も雑誌を見たときは飛び跳ねんばかりに驚いたらしい。
「雑誌見ましたよ?びっくりしちゃった」
「まだまだ駆け出しなんだけどね。ちょっと人気が出たから」
本人はそう言うが、人通りが多いところで話しているせいか、人の視線がチクチク刺さる。
それはどちらかというと、天宮に注がれており、噂話のような感じで聞こえてくる。
「ほらほら、あっちの女子高生のグループ。雑誌を持ちながら天宮さんの方を見てますよ?」
「え?そ、それは困ったわね」
困惑していると、女子高生のグループがこちらに近寄ってきて、尋ねるように声をかけてきた。
「失礼ですけど、天宮チサトさんですか?」
雑誌を向けながら聞いてくる女子高生に天宮は観念したのか、素直に頷いた。
「うそっー!本物だ!サインもらえますか?」
「え?サイン苦手なんだけど、それでもいいなら…」
「構いませんっ!大ファンなんですっ」
女子高生に囲まれた天宮を茜は呆然と見つめた。そして、
「天宮さんの名前って、初めて知った…」
と、呟きが無意識に零れた。
「――天宮は人気あるな」
騒動に気づいた雅人は恭二に言った。
「まぁな、仕事柄人目に付くんだよ」
「それは大変だな。彼氏なんて騒がれるんじゃないのか?」
「それはない。俺達結婚してるから」
恭二のセリフに雅人の目が点になった。
「…マジ?」
「式は挙げてないけど、入籍は済ませてある」
「知らなかった…」
「時間と金に余裕ができたら式を挙げるつもりだから、そのときは来てくれよ?」
「ああ、絶対行くよ」
雅人達が話していると、茜がひとりで駆け寄ってきた。
「天宮さん。ファンの人に囲まれて凄いね?」
「本当だな。友人に有名人がいるって、仕事場で自慢ができるな」
「そうだね」
嬉しそうに話すふたりを後目に恭二は頭をポリポリとかいた。
「アイツ、頼まれると断れない性格なんだ。俺、引っ張ってくるから――じゃ!」
恭二は手を挙げて集団の方に駆け寄っていくが、途中で止まると振り返り、
「これっ、預かりものだっ!」
一通の封筒を鞄から取り出すと雅人に投げつけた。
「手紙?」
「唯子ちゃんからだよ。じゃあなっ!」
「恭二さんっ」
走り去ろうとする恭二を茜が呼び止め、
「私、今とっても幸せです!恭二さんと天宮さんのおかげですっ」
と叫ぶと、恭二はウインクを返した。

――その日の夜。
雅人は夕食を食べ終わると、昼間、恭二に渡された封筒を取り出した。
「それって、確か綾瀬さんからって言ってたよね?」
「ああ、なんだろうな?」
封筒を開けると、中から一通の手紙と写真が入っている袋が出てきた。
「手紙か…」
「なんの写真だろう?見ていい?」
「ああ」
写真の中身は茜に任せ、雅人は手紙を開いて読んだ。
『お久しぶりです、お元気ですか?今、私は幸せのまっただ中です。あなたの言ったとおり、こんな私にも訪れるものなのですね?ありがとうございます。――あなたを好きだった唯子より』
雅人は手紙を閉じると、少し頭をかいた。
「意味がよくわからないな…?」
「ねぇ、お兄ちゃんっ!見てみて!」
「なんだ?」
「この写真っ!ここに写っている人、綾瀬さんだよねっ!?」
茜が持っている写真をのぞき込むと、雅人は手紙の中身をようやく理解した。
その写真にはウェディングドレス姿の唯子がハッキリと写っていた。
「綾瀬、幸せを手にしたか」
「よかったね」
「そうだな」
――プルルッ!
そのとき、電話が鳴った。
「はいはーい!」
茜が元気よく受話器を取る。
雅人は写真を見ながら、昔のことを思い出していた。
「…うん……うんっ!」
電話に出た茜の声を不思議に思い、雅人はそちらに顔を向けると、茜は涙を零していた。
「どうした、茜?」
茜は受話器を置くと、涙をひとつ拭い笑顔を向けた。
「お兄ちゃん!あのね――」

――次の日。
雅人と茜は実家に向かって歩いていた。
「それにしても、あの頑固親父がよく許してくれたな」
「お母さんのおかげだよ?ずっと説得してくれていたんだ」
「まったく。俺に黙って母さんと連絡を取っていたなんてな…。それこそ驚きだ」
「ごめんなさい」
シュンと俯く茜の手を雅人はギュッと強く握る。
「昔な、恭二に言われたんだ。過去ばかり見ないで未来を見ろって」
「恭二さんらしいね」
「俺の選んだ道、進むべき先。俺はどれも間違ってないと思う」
雅人は茜の肩に手を回すと強く寄せた。
「これからの未来。俺と一緒にいつまでも歩いてくれるか?」
「…お兄ちゃん」
「他の誰でもない、茜と共に歩みたいんだ」
「もちろんだよ!妹の私でよければっ!」
ふたりの心が強く結びつき、未来へと一歩進む。
実家の門をくぐろうとしたとき、雅人は不意に視線を感じ後ろを振り返った。
「…美夏っ!」
そこにはあのときの姿の美夏が笑って立っていた。
まぶしい笑顔で手を振り、少しずつその姿が霞んでいく美夏の口元が微かに動くと、
『幸せになってね』
確かに雅人にはそう聞こえた。
雅人は熱くなる目頭押さえ、
「ありがとう。美夏のこと、忘れないよ」
と、誰もいなくなった空間に呟いた。


< 去りゆく君へ Fin>





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