第2章『許される罪、去りゆく罰』
第2章
『許される罪、去りゆく罰』
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ディーセント王国へ続く森の中、道無き道を行くふたりの姿があった。
青年は服装こそ変わらないが、無駄に長い髪が無くなり、こざっぱりとしたボサボサ頭になっていた。
少女は腰ほどまであった髪がばっさり無くなり、肩より少し長いくらいに綺麗に整っている。服装は男性が着るシャツを少しだぶつかせ、下は革のズボンでしっかりと包まれていた。無論、奴隷の証である鎖は切り取られている。
「もうすぐ夜になる。今日はここまでだ」
「はい」
ナツキの言うように空は暗くなり始めていた。夜の森を歩くのは危険が伴うので、ナツキは素直に野宿することにした。今日になって野宿は3日目なので慣れたものである。リアラもはじめは戸惑っていたが、今ではすっかり馴染んでしまったのである。
人が住んでいる地域以外、ほとんど自然に囲まれているこの世界は移動するのに野宿は珍しくない。便利な乗り物もないのでナツキにとっては不便極まりなかった。一部の人間に瞬間的に移動できるものがいるのだが、それはかなりの高度な力が伴う。いわばハイクラスの“ヒーリング”などしか使えない魔法が存在する。それを使えるのは世界に数名といわれるほどのものである魔法が“ブレイド”であるナツキに使えるはずもなく、こうして移動するときは野宿を繰り返すしかないのであった。
「あれ?火がつかない…?」
リアラは小枝を集めて火をつけようとするが、なかなかつかない。魔法ですれば一番なのだが、リアラはもとよりナツキもその手のものは苦手なのである。悪戦苦闘するリアラを見ておけず、ナツキは手を伸ばした。
「かしてみろ。火はこうしてつけるんだ」
ナツキは器用に火をおこすと、リアラは喚起の声を上げた。
「す、すごいです!」
「なにがすごいかは知らないが、こんなところで火をおこす奴があるかっ」
「…ふぇ?」
ナツキの言葉にリアラは不思議そうな顔をした。野宿をするのだからいつものように火をつけたことのなにが悪いのだろうか?そんな疑問が表情として浮かび上がっている。ナツキはポリポリと頭をかいた。
「いくら森だといっても、道のど真ん中でしてどうする?こんなところで寝る気か?」
「あ……!」
「わかったら近くで休める場所を探すぞ」
「は、はいっ」
ふたりはガサゴソと木をかき分けて進むと、ちょうど休憩するにはうってつけの場所を見つけた。たぶん、誰か他の人間が使っていたのであろう。調理器具などが転がっていた。
「忘れ物ですか?」
「そうじゃない。他の人間がもしかしたらここを使うかもしれない。そのために残してあるんだ」
「そうなんですか」
「俺達もなにか残してやるか」
「そうですね。食べ物なんかは…」
「たぶん腐るな」
「………」
ナツキは大剣を無造作に地面に置くと、羽織っていたマントを地面に広げてその上に座った。それに続いて複雑な表情でリアラも隣に座った。
「辛いか?」
「なにがですか?」
「旅だ。初めてなんだろう?」
「はい。はじめは足が痛かったのですが、今はそうでもないみたいです」
リアラは心底嬉しそうな顔で言った。ナツキはそれを見て愚問だと思い少し安心した。
「食事でもしますか?」
「そうだな、頼めるか?」
「はいっ」
リアラは置いてあった調理器具に目を向けると、フライパンに手を伸ばした。そして食料が入れてある袋から薄い肉の切り身を取り出すとその上に乗せ、焚き火に軽く当てた。油を引いてないので焦げる前に裏返し、完全に焼ける前にフライパンから避難させた。
一連の動作を見ていたナツキががらにもなく声を上げる。
「見事なものだ」
「こ、これぐらい普通ですよ…」
ナツキの言葉にリアラは照れたようにはにかむ。
「お前の“資質”はさしずめ“家事”だな」
「ほんとですか?」
「俺が見た限りではな」
「そうだったら嬉しいです…」
リアラは意味ありげにナツキに目を向ける。そして目線が合うと恥ずかしそうに反らした。
ナツキは不思議に思いながらもリアラの作った食事に手を伸ばす。ふたりして一言も交わすことなく食事を終えると、空は完全に夜の闇に包まれていた。
「もうすぐでディーセントの領内に入る。野宿も今日で最後だな」
「そうなんですか。あの、ディーセントではなにを?」
「………」
リアラの質問にナツキは無言で空を仰いだ。
ディーセントに行ってなにをしようか?あそこには知り合いがいるが、会いに行ったところでどうにもなるまい。様々な場所を旅してわかった。俺にはもう・・・。
「ナツキ様?」
「…うん?どうした?」
「いえ、なにか寂しそうなお顔されていたので…」
「寂しい……か」
「辛いことでも?」
ナツキはふっと笑うとリアラの頭に手を乗せた。
「お前が気にすることはない」
「………」
「どうした?」
なにも答えないリアラを不審に思い尋ねると、その小さな体がナツキの胸に飛び込んできた。
「あの…!」
「なんだ?」
「私を――お抱きにならないんですか?」
リアラの突然の言葉にナツキは言葉を失った。
確かにリアラを買い取ったが、そんな意味で連れているつもりではないナツキにとって心中は複雑だった。
「………」
「私のことは気にしないでください。ナツキ様のお役にたてるのなら…」
「誰も役に立ってないなんて…」
「本当のことを言ってください!私は役立たずで邪魔だって!!」
リアラは震えながら叫んだ。ナツキの胸にしがみつきながら、涙を零しながら。
「お前は役に立っている。俺はそう思っている」
「………」
「それに自分をもっと大事にしろ。初めてなんだろう?それを俺なんかにやる必要はない」
「――あ」
不器用なナツキの手がリアラの背中に回される。お互いの体がピッタリくっつくと、相手に鼓動が伝わる。それを知りながらもふたりとも言葉が出なかった。
見たと目とは裏腹に純粋すぎるふたりの光景は、あまりにももどかしかった。その事実をわかっていながらも何をしていいかわからない自分自身に緊張が走る。
「…リアラ」
「……はい」
少女は初めて呼ばれた名前に心臓を高鳴らせて顔を上げた。
お互いの顔が自然に近寄ると、瞼が静かに閉じ、唇が優しく触れ合った。
「……ん」
「………」
ナツキがリアラを抱きしめる手に力が込められると同時にふたりの唇が静かに離れていった。
無言で見つめ合うふたり。最初に声を出したのはリアラだった。
「キスって不思議な味ですね」
「…ああ」
「とっても恥ずかしいです…」
「………」
顔を真っ赤に染めてリアラはナツキの胸にトンと額を当てた。
「は、初めてだから優しくしてください…」
「………」
「……?」
「………」
「ナツキ様?」
返答がないことを不思議に思ったリアラが顔を上げると、ナツキの真っ赤になった顔が目に飛び込んできた。ビックリしたリアラは驚きの声を上げる。
「ど、どうしたんですか?」
「い、いや……。お、俺も初めてなんだ…」
「………」
「す、すまない。その、こういうことに縁がなかったから…」
「それじゃぁ、私を練習台にしてください」
リアラはナツキから離れ、衣類を全て脱ぎ全裸になった。その体は年の割には発育が少し遅れているが、ナツキにとってはとても魅力的であった。
「さぁ、いいですよ」
「リアラはそれでいいのか?」
「はい。それが奴隷の仕事ですから…」
「……!」
リアラの言葉にナツキの手が勝手に動いた。
パァーン!――リアラの頬にナツキの手の跡が赤く残る。
「ナ、ナツキ様?」
「俺はお前を奴隷と思っていない!ましてや人形として抱く気もないっ!」
「ダメですよ。主人と奴隷は違うんです――ナツキ様の言葉は“罪”になります」
「罪だと?」
「はい。そして場合によっては“罰”が下ります」
「ふっ、“罪と罰”か…」
くだらん――ナツキは心の中で呟いた。人の上下関係ほどふざけたものはない。同じ人間に上も下もあるはずはない、何を基準にしてそれを決めているのか。ナツキはこの世界の形が好きになれなかった。人の位がどれほどのものか、なんの価値があるのか、様々な疑問がいつも頭の中を巡るのだった。
「そんなものは俺が許す」
「…それは命令ですか?」
「なんでもいい、そんなことを気にする必要もない。俺とお前に上下関係など無い」
「そ、それは…」
リアラは戸惑いの表情を浮かべる。主人の言うことは聞かなくてはならいのだが、それは“罪”になることである。だが、主人の命令は絶対だ――そんな悪循環がリアラを悩ませた。
「やれやれ。ひとつ聞くが、リアラは奴隷として俺に抱かれるのか?それとも自分自身として抱かれるのか?」
「奴隷としてもあります。でも、私自身、ナツキ様にならいいかなっていう気持ちもあります」
「わかりにくいな。率直に聞こう、俺のことが好きなのか?それとも嫌いなのか?」
「主人に好意を抱くなど、そんな恐れおおいことはできませんっ」
「理屈と感情は違う。正直に答えろ」
「……わかりません」
リアラの言葉にナツキはひとつ頷いた。
自分の感情に戸惑っているのだろう。今までいた環境があれだけに難しいことを聞いてしまったのかもしれない。だが、これから先はそうではいけないのだ。
「リアラ、側に来い」
「はい」
不安そうな顔で近寄ってくるリアラにナツキは手を伸ばした。所々に虐待の跡がある白い肌は見ているだけで痛々しかった。ナツキはリアラを哀れむような気持ちでそっと抱きしめた。
「……あっ」
「痛くないか?」
「大丈夫です。好きなようにしてください…」
「俺は奴隷としてお前を抱くわけじゃない。リアラだから抱きたいんだ」
「……はい」
ナツキは優しくリアラを押し倒すと、自分もその上に覆い被さった。初めて触れる異性の体。その事実はナツキにはあまりにも強烈だった。“ブレイドマスター”といわれる人物もこれでは形無しである。リアラの控えめな胸に手を伸ばそうとするが、震えのためか、あと一歩が踏み出せなかった。それを見たリアラが手を取ると自分の胸に押しつけた。
「……ん」
「………」
「どう……ですか?」
「や、柔らかいな。こんな感触は初めてだ…」
「そんなに緊張しないでください。私が緊張できません」
「む、無理を言うな…」
らしくないナツキの姿にリアラは思わす笑ってしまった。そんな笑顔に照れたのか、ナツキの顔が真っ赤に染まった。ナツキのあまりの緊張にリアラの方がかえって冷静になってしまったのだろう。
「さ、触るだけでなく舐めてもいいですよ」
「あ、ああ…」
ナツキは子供のように言われるまま従った。揉んでいる方とは逆の乳房に顔を寄せるとその先端にある乳首に舌を這わせた。
「…んっ!」
「気持ちいいのか?」
「わ、わかりません。ただ、体に電気が走ったような感じです」
「もっとしていいか?」
「ど、どうぞ…」
了解を得たナツキは再び舌を這わせ、赤子のように乳首に吸い付いた。
リアラの体がピクッと跳ねる。ナツキが吸い上げるたびに痙攣したように何度も弾む。
「んっ……あっ…ん…」
リアラの可愛らしい声にナツキの股間は痛いぐらいに膨らんでいた。初めての経験、そして今まで無縁の血生臭い世界を生きてきたナツキにとって、心の底から沸き上がってくる欲望を止めるすべは知らなかった。
「リアラ、もう我慢できない…」
「んぅ……ど、どうぞ……好きにしてください」
ナツキがズボンを脱ぐと、そこにはいきり立ったモノが脈打っていた。それが目に入ったリアラはあまりの光景に恐怖で身がすくんでしまった。そんなことはお構いなしにナツキは自分のモノを掴むとリアラの中に押し入れようとした。
「ん……どこに入れるんだ…?」
「あ……」
「ここか…?」
「……ん」
ナツキが試行錯誤していると、冷静さを取り戻したリアラが手を伸ばして自分の中に導いた。
「ナツキ様、ここです」
「…う、うん」
「………」
「い、いいか?」
そのまま行けばリアラの中に入っていく寸前でナツキは怖じ気づいてしまった。
そのあまりにも意外な姿にリアラは決心がつく。
「私、ナツキ様に抱かれたいです」
「………」
「私自身、抱いてほしいんです」
「…わかった」
ナツキは頷き、そのまま一気に腰を押し込んだ。
その瞬間、プチッと小さな音がしてナツキのモノがリアラの中に吸い込まれていった。
「うぅぅぅぅ…!!」
「くっ…!」
「ぅぅぅ……い、痛い……です」
悲痛な表情をくべるリアラ。だが、ナツキにはそれを気遣ってやれるだけの余裕がなかった。前代未聞の感覚に、ナツキ自身戸惑うばかりだった。背筋に電流のようなものが流れ、いきり立ったモノは形容しがたい感覚に包まれる。これが快感ということに気づくときにはナツキは限界だった。
「リ、リアラ…」
「ぅぅぅ……は、はい…?」
「ごめん。もう……でる…」
ドクドクドク――言葉を言い終える前にナツキのモノはリアラの中で弾けた。何度も何度も脈打ちながら男を初めて入れた中に溢れんばかりの白濁液を流し込んだ。
「くぅ……」
「あ……中になにか出てる…」
「リアラっ!」
ナツキは小柄なリアラの体を抱きしめた。それでもなお射精は止まらない。長年溜まったものを全て吐き出すようにリアラの中に注ぎ込まれる。
「ナツキ様…、お腹の中がいっぱいになっちゃいます…」
「うぅっ……リアラ」
「痛いのに、こうして抱きしめられてると安心します…」
リアラは呟くようにナツキを抱きしめ返した。
しばらくして射精が終わると、ナツキは力つきたように項垂れて息をついた。
「はぁ……はぁ……」
「気持ちよかったですか?」
「リアラ……ごめん…俺だけ…」
「気にしないでください。それにしてもたくさん出ましたね。お腹いっぱいです」
屈託のない笑顔で言うリアラの言葉にナツキは照れずにはいられなかった。
「す、すまない…」
「これだったら、赤ちゃんがたくさん産まれそうです」
「…え?」
「冗談ですよ。今日は安全ですので…」
「初めてがこんなのですまないと思ってる」
リアラはナツキの唇に自分の唇を寄せると、そっと触れる程度のキスをした。
「そんな泣きそうな顔をしないでください」
「………」
「私、後悔はしてません。自分で選んだ道ですから…」
「そうか」
「もし、また抱いてくださるときがあれば、そのときは―――ってあれ?」
「………」
いつしかナツキはリアラの上で眠ってしまっていた。リアラはふぅっと小さくため息をつくと、子供のように眠るナツキの髪を優しく撫でた。
「おやすみなさい、ナツキ様…」
木々の隙間から朝日が射し込み、ナツキはその眩しさで目を覚ました。あたりを見渡すと昨日の風景。昨夜の出来事は嘘だったのか、何もかもが静かに時を刻んでいった。
「……リアラ?」
自分ひとりだと気づいたナツキはすぐさま声をかける。だが、その言葉に返事をするものはいない。
ナツキの中で漠然とした不安が横切る。全ては夢?それとも幻?キツネにつままれたような気分だった。
「リアラっ!――リアラっ!!」
不安に煽られたナツキは立ち上がり、あたりを見渡しながら叫んだ。
「おーい!リアラっ!!」
何度も叫ぶが答える人はいない。突然の孤独にナツキは言い難い不安に包まれていく。今まで孤独に剣を振るって生きてきた人間は、人の温もりを知ると今度はそれを失いたくなくなるものである。ふとそんな言葉が脳裏に浮かぶ。
人の温もり――忘れていた。俺はいつしかそれを忘れて、どこかで無意識に求めていたのかもしれない。剣に生きたとき、全てを断ったつもりだったが、俺も愚かな人間だったって事だ。
「リアラ――どこにいった?」
「…はい?呼びましたか?」
ナツキの求めていた人物は木の間からひょっこりと現れた。その手には小さなバケツを持っており、どうやら近くの川に水を汲みに行っていたことを物語っていた。
呆然と立ちすくむナツキを不思議に思いながらリアラはバケツを地面に置いた。そして何事もないように背を向けると朝食の準備に取りかかった。
「ちょっと待ってくださいね。朝食を作りますから」
「リアラっ!」
ナツキは高ぶる感情を抑えきれずに背後からリアラを抱きしめた。
突然のことに驚いたリアラは手に持ったフライパンを落としてしまった。
「きゃっ!ナ、ナツキ様?」
「リアラっ!リアラっ――!」
「ど、どうしたんですか?私ならここにいますよ?」
「お前がいなくて……どうしたらいいかわからなくて…」
リアラは自分を抱きしめるナツキの手に自分の手を重ねた。
とっても大きい手。それなのにこの人はなんて小さな存在なんだろう。私なんかがいなくてこんなに取り乱して、大きな子供みたい。私を必要としてくれる人がナツキ様でよかった。心からそう思える。
「ナツキ様。私はナツキ様の奴隷です、主人の断りなしに姿を消しませんよ」
「違うっ!リアラは奴隷じゃない。大切な――」
「それ以上言ったらダメです」
言葉を遮るリアラ。だが、ナツキは構わず続ける。
「俺が許すっ!たとえそれで“罰”を受けるなら甘んじて受けてやる!」
「………」
「いや、“罰”など俺の剣で振り払ってやる!」
「ナツキ様に言われると、本当にそんな気がしてきます。奴隷が主人を好きになってもいいのかなって――んん!」
ナツキはリアラの顔を横に振り向かせると、少し強引にキスをした。
いきなりのことに驚きながらもリアラは虚ろな目に変化させながら求愛を受けた。
「……んはぁ」
「………」
「強引なんですね」
「………」
「自分からして照れないでくださいよ…」
リアラの言うとおり、ナツキは自らキスをしたに関わらず、顔を真っ赤に染めていた。そのあまりにも純情な姿にリアラは微笑まずにはいられなかった。
「不思議ですね。数日前に会ったばかりなのに、ナツキ様のことで頭がいっぱいなんです…。これが“恋”ですか?」
「わからない。俺はそういうことに縁が無かったからな」
「そうですか。じゃぁ、ナツキ様は私のことをどう思っていますか?ただの奴隷ですか?」
「違う!それはない。うまくは言えないが―――なくてはならない存在」
「――ありがとうございます」
口べたなナツキの言葉を理解したようにリアラの目から一筋の涙が零れた。
世界の掟から外れ、“罪”を背負ったふたりが許された瞬間。
全ての“罰”が風に乗って去っていったことを誰一人知ることはなかった・・・。
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