第3章−2『誤解と勘違いの円舞』
第3章−2
『誤解と勘違いの円舞』



 部屋に戻るとナツキは風呂上がりの体を冷やすために窓を開けた。
「心地よい風だ」
 二階にあるこの部屋は窓から爽やかな風が入ることは昔から変わらなかった。一階はクライス夫婦の部屋、二階はナツキがいるこの部屋とアリシアの部屋のふたつだけ。リアラはナツキと一緒に寝ると言ったのだが、さすがにそれを許すアリシアではなかった。うまいこと言いくるめてふたりを別々にしたのである。それにはなにやら思惑があるようなのだが・・・?
「ふぅ、らしくないが緊張してきた…」
 これからリアラを抱くと考えただけでナツキの心臓は破裂しそうなくらい高鳴っていた。全身の血が激流のごとく巡る。体が熱い、息が苦しくなってくる。こんなにも緊張してリアラが来たら、今度はしっかりと抱いてやれるだろうか・・・。
 ナツキの気持ちも欲望も頂点に達しそうなとき、ドアがノックされた。
「…どうぞ」
「ごんばんわ」
 入ってきたのはナツキが期待していた人物ではなく、アリシアだった。寝るときの服装であろう、長袖で上下ペアのパジャマを着ている。そしてドアを閉めるとナツキの側に寄った。
「なんだ?」
「ねぇ、どうして私を放っていってしまったの?」
 アリシアの質問にナツキは無言で答えた。
「あなたの過去なんて気にしない!ただ、私はあなたが好きなのっ」
 ありったけの想いを叫ぶと、アリシアはナツキに抱きついた。その反動でよろけたナツキは倒れそうになった―――が、その下になにか物が目に入った。ナツキは慌てて軌道を反らすと、アリシアを抱えるようにしてベッドに倒れ込んだ。
「……ふぅ」
「ご、ごめんなさい」
 すまなそうに謝るとアリシアは体を起こした。その眼下にはナツキの姿。自分が押し倒しているような格好に気づくとアリシアは少し照れてしまった。
「あんな小さな子に手を出すなんて…」
「………」
「私じゃダメなの?あの子よりずっと大人よ?」
「そういう問題じゃない。リアラは俺に大切な物を思い出させてくれた」
「……大切な物?私にはそれが無いというの?」
 少しムキになったようにアリシアは問いつめる。そんな彼女にナツキは冷ややかに言い放った。
「残念だが、アリシアにはない」
「なによそれ…!そんなので納得できないわっ!!」
「アリシア…、君は変わったな。俺の知っている君はこんな事をする人じゃなかったはずだ…」
「な、なによっ!人の気も知らないでっ!!」
 不意にアリシアの目から涙が零れた。それは重力に逆らうことなくナツキの顔にポタポタと落ちていく。
「アリシア?」
「私だって、こんなことするのはすっごく恥ずかしいんだからね!でも、ナツキのことが好きだから恥ずかしいのを我慢してるの。だって、こうでもしないとあなたは振り向いてくれないからっ!!」
「……アリシア」
「ぐすっ……卑怯だってわかってる。あなたを困らせるだけだってわかってる!それでも私は気持ちを伝えたかった、どうしても側にいたいのっ!ねぇ、どうやったら私に振り向いてくれるの?私、ナツキのためならどんなことでもするっ。ナツキの好みの女性にだってなってみせる、ナツキが望むならどんな恥ずかしいことだってしてあげる!」
「そうじゃない、そうじゃないんだ…」
 ナツキは落ち着かせるようにアリシアの両肩に手を置いた。
「私、バカみたいじゃない…。ずっとあなたを待っていて、やっと会えたと思ったらあなたは女の子を連れているなんて――あはは、悔しすぎて涙しか出ないじゃない…」
「ごめん。俺のせいだ、あのとき俺が――」
「違うの。私がひとりで勝手に思いこんでいただけだから…。私ひとりがバカだったの、なにひとつナツキのことをわかっていなかったのよ…」
 ナツキは心の中で呟いた。
 アリシアの気持ちは全部、誤解から始まったんだ。それを言わなかったのは俺の誤算。今に至る結果なんだ。
「アリシア。聞いてくれ、あのときお前を――」
 そのとき不意にドアが開かれた。ナツキが驚いたように目を向けると、そこにはパジャマに包まれたリアラの姿があった。ナツキ達の姿を見て手を震わせた、その目は信じられない光景を見たと言わんばかりに見開かれながら。
「リ、リアラっ!?」
「ナ、ナツキ様……どういうことですか?」
「違うんだ。そうじゃない、誤解だ!」
「違うって、どう違うんですか?なにが誤解なんですか?」
 リアラの声は震えていた。カタカタとドアの取っ手を震わせる。
「リアラ、聞いてくれっ」
「わ、私は…。私はナツキ様の奴隷です、ご主人様の行動に口は挟みません―――ご、ごめんなさいっ!」
 リアラは泣きながら謝ると何処かに走り去っていってしまった。
 その後をナツキは追おうとしたが、アリシアが縋り付いて離さなかった。ナツキはリアラが気になったが、アリシアの方も無下にできず、とりあえずこちらの話に片を付けることにした。
「アリシア、聞いてくれ…」
「ごめんなさい。ナツキを困らせるつもりはなかったの…」
 アリシアは涙を拭いながらナツキから離れた。アリシアが離れたことにより起きることが可能になったナツキはベッドに腰をかけた。その隣に涙をすすりながらアリシアが座る。
「早くリアラちゃんを追いかけてあげて、私のことはいいから…」
「そういうわけにはいかない。君だって俺にとっては大切な人なんだから」
「もうっ、そんなことを言ってると、また誤解されるわよっ」
 ナツキの鼻をアリシアの細い指が軽く弾いた。
「聞いてくれ、俺は君に言わなければならないことがあるんだ」
「なに?」
「君は俺を好きになったのは助けてくれたからだって言ったよね?」
「…うん」
 アリシアは少し照れながら頷いた。それを気にすることなくナツキは続ける。
「君は俺が助けたと思ってる。だが、本当は違うんだ」
「ええっ!!?」
 ナツキの言葉にアリシアは思わず大声を上げてしまった。自分が記憶していた過去を否定されれば誰だって驚かずにはいられないだろう。アリシアは唖然として一言も出なかった。
「よく思いだしてみろ。俺の他にひとりいただろう?」
「――ま、まさかっ!でも、アイツはなにも言ってなかったわよ?」
「それはそうだ。アイツから口止めされていたからな」
「そ、そんな…」
「それを知っても君は俺を好きでいられるか?」
「…ごめんなさい。少し考えさせて」
「ああ、君が俺のことを諦めてくれるのを望んでる」
 ナツキはそれだけ残して部屋を出た。
 ひとり残ったアリシアは呆然と天井を仰いだ。その目には再び涙が零れる。
「今更そんなことを言われたって、あなたを忘れることなんかできないわよ…」

 夜の町をリアラは少し肌寒い格好で歩いていた。その足取りは重く、ふらつきそうな歩き方で町の中央にある噴水広場まで無意識に足を運んでいた。
「ナツキ様、きっと心配してるだろうな…」
 頭の中で理解はできているが、それとは裏腹に感情は複雑だった。ナツキには迷惑をかけたくない、だがアリシアのことを考えると家に帰ることはできなかった。足はどこまでも続く道をあてもなく勝手に進み続ける。戻ることは感情が許さなかった。
「なんだか疲れちゃった…」
 足が怠くなったリアラは噴水の縁に腰を下ろすと、そこにひとりの人物が近づいてきた。
「おやおや、こんな時間に可愛いお嬢さんとは珍しいね」
「え?」
 見上げたリアラは声が出なかった。
 リアラの目の前には全身どころか頭まで黒いローブをすっぽりとかぶっている人が立っていたのである。声からして男性だと理解したリアラだが、それ以上に不気味で足がすくんでしまった。
「あ、あの…?」
「どうやら君は奴隷のようだね。ご主人様はどうしたんだい?」
 男性の意外な質問にリアラは思わず答えてしまった。
「えと、飛び出して来ちゃったんです…」
「それはそれは、さぞかし心配してるだろうね」
「…はい。とっても優しいご主人様ですから…」
「それなら早く帰らないと…、それとも帰りづらい理由でもあるのかな?」
 リアラは素直に頷いた。なぜだか初めに感じた恐怖は不思議となくなり、見ず知らずの人なのに話すことに躊躇いを感じなかった。この人なら話せる、リアラはそんな気持ちに駆られた。
「ご主人様が他の女の人といたの、それを見てしまっていてもたってもいれなくて…」
「ふぅん。君はご主人様が好きなんだね?それで他の女性といるのが許せないんだ」
「好き?……私、そういうのはよくわからないんです。こんな事は奴隷は考えたらいけないんだけど、私以外の女の人とは関わってほしくないです…」
 男性はリアラの言葉に静かに耳を傾けた。そして時折、的確な返答をする。
「私だけのご主人様でいてほしんです…。これっていけないことですか?」
「難しいところだね。僕には断言はできないけど、君とご主人様が結ばれることは問題ないと思うよ」
「どうして問題ないんですか?」
「それはご主人様に聞いてごらん。ほら、君を捜しに来たよ」
 男性が指を指すと、そこには少し息を切らしているナツキの姿があった。リアラの姿を確認するとナツキは安堵の表情をすると共に、隣にいる不審な男性に目を向けた。
「お前、リアラになにをするつもりだ?」
「なにって、なにもするつもりはないよ。それともなにかした方がいいのかな?」
 人を小馬鹿にしたような言葉にナツキの目つきが鋭くなった。その眼差しはリアラの見たことない、“ブレイドマスター”の眼光そのものだった。
「貴様っ!」
 ナツキの全身から空気を歪めるような威圧が走る。そのあまりにも恐怖に満ちた風にリアラは体勢を崩し、ガタガタと体を震えさせながら涙を止めどなく零した。
「リアラに少しでも触れて見ろ!お前の命はそこで終わるっ!!」
「おやおや、穏やかじゃないねぇ。それも凄い殺気、素手なのにそんな勢いがあるなんて恐れ入ったよ」
 ナツキは内心焦った。
 こいつ、ただ者じゃない。俺の殺気を受けながら平然と立ち、減らず口をたたいている。リアラが奴の側にいる以上、手を出されたら確実に俺の負けだ。リアラを助けることはできない。
「さっきまでの威勢はどうしたのかな?僕を殺すんじゃないのかい?」
「…くっ」
「や、やめ……て…」
 恐怖に潰されそうになりながらもリアラは振り絞るように声を出した。
「…リアラっ!?」
「ナ、ナツキ……様……、ご、ごめんな……さい…」
「君は自分のしていることがわかっているのかい?この女の子は君の殺気で潰されそうになってるよ?」
「……!」
 男の言葉にナツキは殺気を振り払った。すると、糸が切れたようにリアラの体が崩れ落ちた。
「酷いご主人様だ。奴隷にまで殺気を送るなんて“ブレイドマスター”は冷酷だねぇ」
「…やめだやめだ」
 ナツキは両手をあげると降伏した。それを見た男は今まで素顔を隠していたフードを一気に脱いだ。そこに現れたのは優男風の顔立ちをした青年だった。少し目は細めでどこか冷徹な感情を醸し出している。
「変わったねぇ、ナツキ君」
「お前は相変わらずだな、“キルクス=アードル”」
 キルクスと呼ばれた青年はナツキに近寄ると手を差し出した。ナツキもそれに応える。
「ひさしぶりだね。いつ町に?」
「今日だ。さっきまでアリシアの家にいた」
「ふふっ、すると君とアリシアを見て彼女は逃げてきたってことかい?」
「言い訳をする気はない。事実だからな」
「そういうところは変わらないね。久しぶりにあったアリシアはどうだった?綺麗になってただろう?」
 ナツキはキルクスの言葉に頭を抱えた。どうしてこいつはこんなんだろう?
「それどころじゃない。詳しくは省くが、訳あって本当のことを話した」
「あらら、話しちゃったのねぇ〜」
「あのまま彼女を騙すのは気が引けたし、お前を裏切るようで嫌だったんだ」
「惚れた女を影ながら助ける――その美学が君にはわからないのかい?」
「わかりたくもないっ!」
 ナツキはきっぱりと断言した。アンバランスなふたりだが、ナツキにとってアリシアと同じで唯一仲の良い人物である。軽い言動と性格だが、魔法の腕は一流で“マジック”としてはかなり有名人である。数々の属性を操ることができ、それなりに武器の扱いも優れている。
「そういうことだったのねっ!!」
 怒った声が響く。その主は他ならぬアリシアだった。
「キルクス、どういうことなの?あの事故で私を助けてくれたのはアンタだったの!?」
「まぁ、そういうことだね」
「し、信じられない!ふたりして私を騙していたのねっ!!」
「だから俺は嫌だったんだっ」
「まぁまぁ」
「キルクス――あんたってサイテー!」
「そんなに尖らずに」
 立ち回りの上手なキルクスでもさすがにこの状況を打開する案は浮かばないようである。ナツキとアリシアの顔色を伺いながら怒りを収めるように言葉をかけていく。その姿は嬉しそうにも見えた。
「でもね、アリシア」
「きゅ、急に真面目になってなによ?」
「君を好きなことだけは嘘じゃないよ。僕はずっとずっと前から君だけが好きなんだから…」
 キルクスの思いがけない言葉にアリシアの顔がボッと赤く染まった。彼女自身、今の状況が理解しがたいのか慌てたようにそっぽを向いた。
「な、なに恥ずかしいことを言ってるのよっ」
「恥ずかしいもなにも、本当のことだからね」
「じゃ、じゃぁ聞くけど、あのとき私を助けたのはあなたなの?」
「ナツキ君じゃなくて残念だったね」
「そ、そういう意味で聞いたんじゃないわよっ!」
 アリシアはそれだけ言い捨てるとひとりで帰っていった。それを見送ったふたりは互いに顔を合わせた。
「これでよかったのかね、ナツキ君?」
「俺に聞くなっ」
 呆れたナツキは気絶しているリアラを抱きかかえるとアリシアの後を追った。
「またね、ナツキ君」
「ああ、またなっ」
 ナツキは振り返らずに手だけで返事をした。

 アリシアの家に着いたナツキは途中で意識を取り戻したリアラを連れて再びバスに入った。
「ほら、肩までしっかりつかりな」
「…は、はい」
 ナツキはリアラを湯船に入れると自分も続いて入った。さっきのことがまだ記憶に残っているらしく、ナツキの言葉や動きに反応して体を震わせた。
「リアラ」
「は、はい…」
 ナツキがリアラの体を抱きしめると飛び跳ねんばかりに驚く。そんなリアラの姿にナツキは後悔の念に駆られた。
「俺が怖いか?」
「…あ、いえ……す、すみません。ごめんなさい…」
「そんなに怖がることはない」
「すみません…。ふ、震えが止まらないんです…」
 ナツキは目を閉じると大きく深呼吸をした。
「お前のことが心配で、つい取り乱してしまった」
「………」
「“ブレイドマスター”って言ってもな、どこにでもいる人間とそう変わりはない」
「………」
「リアラと同じなんだ」
 リアラは静かに首を振った。彼女の行動を不思議に思ったナツキは今までの中で一番優しく問いかけた。
「どうして?」
「ナツキ様は誰よりも強く、とても優しいです。私、奴隷として誇りに思います」
「違うだろう?リアラ…」
「…!ご、ごめんなさい……違いましたか?」
「お前は奴隷じゃない。俺の大切な彼女だ…」
「…!」
 ナツキはリアラを体ごと振り向かせると、その華奢な体を抱きしめ優しくキスをした。
 はじめは驚いたリアラも自然と力が抜け、その身をナツキに預けた。
「ナツキ様のキス、とっても優しいです…」
「リアラ、俺はお前にだけは恐れてほしくない。勝手な言いぐさだが、お前だけは信じてほしい」
「ナツキ様…」
 キスを終え、真面目に語るナツキの姿を見たリアラは思わず吹き出した。
「ふふっ、ナツキ様ったら、とっても恥ずかしいことを言ってませんか?」
「…う」
「お顔が赤くなってきましたよ?」
「………」
 見る見るうちに顔が赤く染まっていくナツキ。それを見つめるリアラの瞳には恐怖は浮かんでなかった。

 二階の部屋に朝日が射し込む。その日差しに目を覚ましたのはリアラだった。
 リアラはモゾモゾとベッドの上に方に行くと、真横にナツキの顔があった。その寝顔に昨日の殺気は一片もなく、リアラが望む表情がそこにあった。
 リアラは上体を起こすと、ナツキの横にピッタリとくっついた。
「寝ているナツキ様って子供みたいっ」
 リアラは悪戯っぽく微笑むとナツキの頬を指でつついた。そのたびにナツキはうーんと唸り声のようなものをあげるので、調子に乗ってリアラはつっつきまくった。
「うぅ……リアラ…」
「あっ、起こしちゃいましたか?」
「んぅ……すぅ……すぅ…」
 一瞬起きたかと思うと、ナツキは何事もなかったように眠り続けた。リアラは胸をなで下ろした。
「起こしちゃったら可哀相だもんね」
 リアラがナツキの寝顔をしばらく見つめていると、軽いノックの後、ドアが開かれた。
「おはよう、もう起きたかな?」
 部屋に入ってきたのはアリシアだった。リアラは少し身構えると、目を尖らせた。リアラの態度にアリシアはすぐに気づき、頭を下げた。
「その、昨日は悪かったわ。ふたりの邪魔をする気もないし、割り込む気もない。全ては私の勘違いから始まったんだから…」
 諦めたように言うアリシアの表情はどこか寂しそうだった。それを見たリアラは自然と顔が崩れていった。鋭い眼差しはなくなり、同情するような視線が自然と向けられた。
「ナツキのことは今での好きよ。でも、彼はあなたを選んだみたいね」
「………」
「私に入り込む隙なんてないのかもしれないわ」
「ごめんなさい。奴隷の私がでしゃばった真似をしてしまって…」
 リアラの言葉にアリシアは指を向けると、舌を鳴らしながら左右に振った。
「理屈と感情は違う―――ナツキにそう教わらなかった?」
「………」
「位や立場なんてものは、感情の前では役に立たないものよ。あなたももっと自分に自信を持ちなさい 」
「はい、ありがとうございます」
 リアラは礼を言うと笑顔を向けた。その笑顔に応えるようにアリシアも微笑んだ。
「話はそれぐらいにして、リアラちゃんは料理の腕がいいみたいじゃない?」
「ナツキ様が勝手に言ってるだけですよ…」
「謙遜しちゃって。それでね、朝食の準備を手伝ってほしいのよ。きてくれる?」
 リアラはすぐさま返事をしようとが、あることに気づくとすぐに言葉が出なかった。
「ん?どうしたの?」
「ごめんなさい。ナツキ様が起きてからでいいですか?」
「……?」
「ナツキ様、起きたときに私がいないと心配するんです。前にそういうことがあったんですよ、私が近くの川に水を汲みに行ったとき、帰ったらナツキ様が起きていまして。そのときのナツキ様ったら私の名前を呼びながら強く抱きしめて、なかなか離してもらえなかったんです」
「わかったわ。それじゃ…」
「すみません。お役にたてなくて」
 部屋を出ていこうとしたアリシアが足を止めて、リアラに言った。
「完全に私の負けね」
「……え?」
「あなたの話してくれたナツキ――私はぜんぜん知らないもの」
 それだけ残してアリシアは部屋を出ていった。
 その言葉の意味をかみしめるようにリアラは胸の前でギュッと腕を組んだ。





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