第4章−1『ディーセント捕り物話』
第4章−1
『ディーセント捕り物話』
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ディーセントに滞在してから一週間。ナツキはリアラを連れてディーセント王国の都市“ヴァーミア”に向かった。しかし、なぜかその道中にアリシアとキルクスが着いてきたのである。
“ヴァーミア”はディーセントの中央に位置する場所にあり、物流が盛んなのである。商人の数も多く、町を歩けば路上の至る所に露天商が開かれているほどである。
その露天商の一角を覗いたときのこと、リアラが立ち止まってあるものをじっと見つめた。
「リアラ?」
「………」
「なにかほしいものがあるのか?」
「……!いえ、なんでもないです」
気が付いたリアラは慌てて露店から離れるが、時すでに遅く、ナツキが目の前に立っていた。
「アクセサリーか、どれがほしいんだ?」
「あ、いえ。そんなの悪いです…」
「気にするな。金はあるんだから買ってやる」
「そういう問題じゃないんですけど…」
リアラは困り果てたようにしていると、後ろを歩いていたアリシア達が追いつき、口を挟んだ。
「いいじゃない、買ってもらないなさいよ」
「で、でも…」
「これは名誉なことだよ、お嬢ちゃん。なんといってもナツキ君は“剣を扱わせたら一流”、“女性を扱わせたら三流”なんだからね」
「うるさいっ!」
ゴフ!――ナツキの拳がキルクスの頬に見事なほど決まった。
ふたりのやりとりを見ていたアリシアは額に手を当てると小さくため息をついた。
「それ、なんの説得にもなってないわよ」
「…くすくす」
リアラが堪えきれずに笑いを零した。その笑顔に少し照れながらナツキはリアラを店の前まで引っ張っていった。すると店主が威勢の良い声を上げた。
「いらっしゃい!どれにしますか?」
「さぁ、好きなのを選べ」
「あ、はい…」
ナツキの言葉にリアラは迷った風もなく、先ほど見ていたペアのブレスレットを指さした。
「お客さん、お目が高いですね。それは有名な職人に頼んで特別に作ってもらった代物なんですよ!そのうえお値段は据え置きの――」
まるで通販だなと内心ナツキは思い、店主の差し出す値札を見た。
「どうですか?お買い得でしょう?」
「まぁ、有名職人のものなら安いのだろうが、一般人が買える代物ではないな」
ナツキの言うとおり、その金額は2ヶ月は遊んで暮らせるほどのものだった。さすがにその金額に驚いたリアラは慌てたように否定の言葉を並べた。
「や、やっぱりいいですよ。そんなに高いものなんて知らなかったので…」
「よし、即金で頼む」
「へいっ、まいどっ!」
あたふたと慌てるリアラを後目にナツキは袋からコインを取り出すと、躊躇いもせずにブレスレットを買い取った。店主が嬉しそうにコインを受け取ると、イヤリングをおまけに付けてくれた。そのイヤリングもまた、それなりの代物であるとわかると、ナツキは無言でコインを払った。
「お、お客さん!?これはいただけません…」
「気にするな」
ナツキはそれだけ言うと少し離れているリアラの元に向かった。
リアラはすまなそうな顔で俯いている。それを見たナツキは無言で手を取ると、買ったばかりのブレスレットをはめた。高価な素材でできているらしく、光に当たるとキラキラと反射を繰り返す。その光景にリアラは歓喜の声を上げた。
「こんなに高価なもの。私なんかがもらってもいいのですか?」
「お前じゃなきゃ困る。嫌でも受け取ってもらうぞ」
「そんなわけないです!あるはずないじゃないですか…」
嬉しそうにブレスレットを眺めるリアラの瞳は恍惚なものに変わっていた。だが、その雰囲気をぶち壊すごとくアリシアとキルクスが乱入してきた。
「リアラちゃん、いいものを買ってもらったね。ねぇ、私にもなにか買ってよ?」
「そんな金はない。ほしいならキルクスに買ってもらえ」
「あー、ダメダメ。僕は金ないよ、うん」
本人通り、キルクスは無一文も同然だった。ここまでの道中もその必要経費はナツキが出したほどである。腕は確かなのだが、めんどくさがりで仕事をあまりしないため金がないのである。だが、逆に言えばそれだけ儲けるほどの腕前である。
「お前は今までどうやって生活をしてきたんだ?」
疑問に思ったナツキはその気持ちをぶつけた。
「それはね――」
なにを思い立ったのか、キルクスは通りすがりの女性に声をかけた。
「やぁ、今日は買い物かい?」
「え?は、はい…」
突然のことに買い物袋をぶら下げた女性は驚きながらも、キルクスの言葉に素直に答えた。
なぜだかキルクスには人を安心させる特性がある。本人がそれを自覚しているかは別として、初対面でも問題なく話せることは珍しくない。
「ひとりなら、僕とお昼をどう?」
「え?その……連れがいますから…」
「じゃぁ、その人とも一緒にしようよ?たくさんの方が楽しいよね!」
「あ、そうですね。お昼はどこにしますか?」
「そうだね、君に任せるよ」
キルクスが器用にウインクをすると、女性は顔を赤く染め、恥ずかしそうな仕草をした。
さすがに一連の事を見ていたナツキ達だが、割って入ったのはアリシアだった。
「おほほ、ごめんなさいね。この人病気なの…」
「あっ…!」
「そ、それじゃあねぇ〜」
アリシアはキルクスの耳を掴むと、近くの路地裏に連れて行った。それを名残惜しそうに見つめる女性。だが、その顔は数分後、違う表情へと変わる。
『キルクスっ!アンタっていつもこんなことをしてたのっ!?』
『じょ、冗談だよ!こんなことしないって!』
『うそっ!本当のことを言いなさい、こんなに手慣れていてなにが冗談よっ!信用できないわっ!!』
『そ、そりゃぁ……少しぐらいは…』
『へぇ〜、やっぱり…』
『そ、それはね。ちょっとした出来心で…。アリシア、目が怖いよ?』
『誰のせいなのよっ!!!!』
ドカァーン!――突如、路地裏から凄い爆発音がしたかと思うと、モクモクと煙が沸き上がった。
ナツキは無言で頭を抱えた。
「アリシアさんっていったい?」
「彼女は怒ると“マジック”としての力も出てしまうんだ。本人はうまく制御できなくて、普段は大した事はできないんだけどな。怒ると無意識に暴発してしまうんだ」
「キルクスさん、大丈夫なんですか?」
「大丈夫じゃなかったら、今頃あの世に行ってるよ…」
ナツキは何事もなかったように歩き去っていく。その後を急いでリアラが追いかけた。そしてナツキのキズだらけの逞しい腕を掴む。
「うん?どうした?」
「このブレスレット、ペアなんですよ」
そう言ってナツキが手に握っているブレスレットを取り上げると、その腕にそっとはめた。
「これでお揃いですね?」
「ああ、それよりイヤリングはどうする?俺は耳に穴をあけるのもどうかと思うのだが…」
「私、そう言うのは苦手で。アリシアさんにプレゼントしてあげたらいいと思います」
リアラの言葉にナツキは戸惑ったが、その顔に陰りが見えないことに気づくと普通に答えた。
「リアラがそう言うなら、アリシアにあげるか」
「はいっ」
仲むつまじく会話を交わしているふたりに近づく人物がいた。その人物はナツキの方に近づくと、ドンッと軽くあたった。
「す、すみません…。よそ見をしてしまって」
「いや、気にするな」
年の頃は20歳ぐらいだろうか、女の子は少しふらつきながら頭を下げて去っていった――が、それをナツキは呼び止めた。女の子は驚いた顔して振り向いた。その顔立ちは年相応で、髪はバッサリと切られており、服装もリアラと同じように動きやすそうな男物を着ているところを見ると、どうやらただ者じゃないとナツキは直感した。リアラの場合はナツキが女性ものの服を買ってやってないだけだが。
「な、なんでしょう?」
「悪いが、そのブレスレットを返してくれないか?」
ナツキの言葉にリアラは手を見ると、いつの間にかナツキにはめたブレスレットが無くなっていた。
「ぎくっ!な、なんのことでしょう…?」
「とぼける気か?命は惜しくないのか?」
ナツキは言葉の中に僅かな殺気を含めて送った。それを感じ取ったように女の子は立ちすくんでしまった。動かなくなった自分の体に悲鳴を上げる。
「な、なに?か、体が動かない…!?」
「返す気になったか?」
「さ、さすがは“ブレイドマスター”、噂は本当だったのね」
「ほう?さすがは“ハンター”だな。よく知っている…」
「はんたー??」
聞き慣れない言葉にリアラは疑問符を浮かべた。それを解決するようにナツキが続ける。
「主に盗みなどをする“資質”を持つ連中のことだ。その使い道はいろいろで、過去の遺産などを探し回る奴や、カギ師などをする奴もいる。力の使いようによっては良いことにも悪いことにでも使えるな…」
「ふふっ、それをいったら“ブレイド”だって同じじゃない?その力で暗殺をする奴もいるんでしょ?」
「否定はしない。金のためにはどんなことだってする奴はごまんといるからな」
ナツキの言葉はどこか寂しそうだった。それを感じ取ったリアラは自然にナツキの手を掴んでいた。
「ナツキ様は違います…」
「………」
しばらく誰も喋らなかった。人通りが多い道も、誰一人この状況に気づくものはない。ほとんどの通行人が先ほどの路地裏で怒った爆発に目を向けているのは否めない。その証拠にまだ煙が上がっている。
「さぁ、“ブレイドマスター”さん。私をどうするのかしら?」
「盗んだものを返してくれればいい。それ以上は望まない」
「あら、優しいこと。でも、本当は自警団とか騎士団に突き出すつもりじゃないの?」
「お前がそうしてほしいならしてやるが…?」
ナツキにとって些細な犯罪などはどうでもよかった。また、ナツキ自身、自警団や騎士団を嫌っているところがある。この世界の自警団や騎士団はいわゆる警察と言えるものなのだが、いささか傲慢なので国民から嫌われている。ただ、仕事だけは確実にこなすので頼らざるを得ないのもまた事実である。
「私だって、いっぱしの“ハンター”よ。このままじゃ引けないわ」
「ならどうする?」
「そうね――これならどうっ?」
「――!!」
女の子はナツキの殺気を一瞬にして払い、懐から小さなナイフを取り出すとリアラに向かって投げつけた。リアラは悲鳴を上げるが、ナツキは素早く手を伸ばした。
ドス!――引き締まった腕に小さなナイフが突き刺さる。その先から赤い液体がポタポタと地面に落ちた。その瞬間を見計らったように女の子は背を向けて駆けだした。
「き、貴様っ!」
「ナ、ナツキ様っ!?」
急いで追いかけようとしたナツキをリアラが制止した。その顔は今にも泣き出してしまいそうな表情だった。
「リアラ…?」
「ご、ごめんなさい。私をかばってお怪我をなさって……私なんか放ってくれてもよかったのに…」
「なにを言っている。こんなもの、大事な女性を守るくらいなら安いものだっ」
ナツキは躊躇いもなく自分の腕に突き刺さったナイフを抜いた。すると勢いよく血が流れ出したの見ると、リアラは自分の服の袖を破り、その傷口を塞ぐようにきつく縛った。
「これで大丈夫です…」
「すまない」
「いえ、私の方こそ、ありがとうございます」
「気にするな」
一連の出来事が終わると、先ほどまでドタバタを起こしていたふたりが真っ黒のいで立ちで戻ってきた。そんな姿を見て思わずリアラは笑ってしまった。
「笑い事じゃないんですからねっ。それより、なにかあったの?」
「僕も聞きたいな。ちょっと前、君の殺気を感じ取ったものだからね…」
アリシアはナツキの腕を見て尋ね、キルクスは自分の直感で聞いた。ふたりの言葉にナツキは簡単に答えた。
「ちょっと泥棒にあってな」
「それで?盗まれたわけ?」
「まぁ…、そういうことだ」
「これはまたナツキ君の殺気を受けながらも一矢を報いるなんて、凄い奴だね、うん」
キルクスは感心したように何度もひとりで頷いた。
「――で、なにを盗まれたのよ?」
「そうだな――リアラの次に大切なもの」
昼の日差しがまぶしい空を見上げながらナツキは呟いた。
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