プロローグ『問答無用の結婚式』
プロローグ
『問答無用の結婚式』



夜道を歩く青年。年齢は20歳。背丈は170の半ばで中肉中背の普通の体格である。
バイトをしているせいか多少は体格いい。そのせいかどうかはわからないが、髪はいつも短めである。
不幸な生い立ちに似合わず常に前向きで妹思いのいい兄である。

それはいつものように病院に向かったときのこと。
祐樹は大学とバイトで疲れ果てている足を引きずるように歩いていた。
幼い頃に両親を亡くした祐樹の肉親は妹の”百合音”だけだった。
その妹もまた不運にも体が弱く、幼い頃から入退院を繰り返してきた。
そんな二人を不憫に思い、気の優しい親戚が二人を引き取って育ててくれたのだが、年月が経つにつれ祐樹は肩身の狭い気分になってきたのである。
親戚は、そんなことは気にすることない、と言葉をかけてくれるのだが祐樹には心苦しかった。自分たち兄妹の世話だけでなく、入院費用まで出してくれるのだから祐樹の頭もあがるはずがない。
そのうえ、
「あんまりお金がなくて、いい病院に入れてあげられなくてごめんね」
なんていう始末。祐樹が心苦しくなるのも道理。
本当に優しい親戚だから、いつまでもお世話になるのは申し訳ない、と祐樹は自ら家を出た。
自分でお金を稼ぎ、大学の費用と妹の入院費用を出そうと決めたのである。
親戚は心配して止めたのだが祐樹の決意は固かった。根負けした親戚はいくらかの費用を出すということで納得した。
どこまでも優しい親戚に祐樹は感謝せずにはいられなかった。今は下宿に住んでいるが妹が元気なときは2人で帰るときもある。すると親戚は本当の子供のことのように迎えてくれることが、この兄妹にとってなによりの宝物。
そして2人の笑顔が親戚にとって何物にも代え難いことであるのは言うまでもない。

「さて、早く病院に行かないと」
かけ声を一つ、祐樹は足を速めた。
向かうは百合音のいる病院。そこはバイト先からそれほど遠くなかった。
それは偶然ではなく祐樹が考えて選んだバイト先である。
病院には面会時間もあるし、いくら家族でも緊急時以外では夜中はいさせてくれないのである。
祐樹はポケットから携帯電話を取り出し時間をみた。
「やばっ、10時までに入らないと」
時間は9時50分を指していた。10時以降は面会させてくれないので祐樹は急いだ。
病院までの道のりは人通りも少なく、この時間帯はほとんどいないと言ってもいいくらいだ。
人がまばらに歩く道を祐樹は急ぎ足で駆けていく。
「はぁ……はぁ……」
少し息が切れる。だが足は止めない、止めてる余裕などなかった。
前に一度面会に行けなかったことがあったのだが、その次の日、祐樹は困り果てることとなった。
会いに行ったとたん、百合音が抱きついて泣き出したのだ。入退院を繰り返してきた百合音には友達もなく、気が小さいので自分から声をかける勇気もなく病院内でも誰一人友達ができなかった。
百合音にとって祐樹は唯一の人間なのである。兄以上の存在であり、父同然でもあった。
祐樹が20歳に対して百合音は14歳。環境のせいもあるがまだまだ甘えたい年頃である。
そのせいもあってか、百合音が泣きついて離れなかったのでその日は病院に泊まることになったのである。
百合音の泣き顔がなによりも苦手な祐樹にとっては相当の打撃だった。
あれ以来、一日たりとも遅れたことがないのである。
「見えたぞ」
200メートルほど先に病院が見えた。
それなりに大きな総合病院で、内科、外科、耳鼻科、眼科など一通りそろっている。
そんな病院の前に不審(?)な車が止まっていた。ボディー全体が真っ黒で誰がみても高級車である。
こんな時間に見慣れない車だな、などと祐樹は思いながらも気にとめなかった。だが、祐樹が病院の入り口にさしかかったとき、車からこれまた全身黒のスーツにサングラスをかけた怪しい男が2人降りてきた。
そして無言で祐樹の方に歩み寄ってきたのである。
そして祐樹の目の前にくると、
「広瀬祐樹様でございますね?」
「え?」
不意に名前を呼ばれた祐樹は振り返った。そして驚く。
祐樹は自分を指さして、
「――俺?」
「はい」
黒ずくめの男は静かにうなずいた。それに対して祐樹は――
「な、何かようですか?」
と緊張気味に答えた。その問いかけに男はうなずき、一言言った。
「お嬢様がお待ちです。私共と来てください」
「は?」
間の抜けた返事を返す祐樹。だが、男は気にした様子もなく続ける。
「もうすぐ式が始まります。早く」
「式?」
ますます意味が分からなくなってきた。
式?――お嬢様?いったいなにを言ってるんだこの人は。
祐樹にはこの男の言っている意味が分からなかったが、急いでいることは雰囲気から察知できた。
「人違いなのでは?」
「いえ、あなた様で間違いありません」
そう言われてはなにも言い返せない。間違いだという証拠もなければ正しいという証拠もない。
男の言うとおり、行ってみなければなにもわからないのである。
「――わかりました」
祐樹は迷ったが行くことにした。
自分に関係があるかもしれないことは自分で解決しなければならない。
そうしなければ親戚のおばさんとおじさんに迷惑がかかるかもしれないしな。
祐樹は自分にそう言い聞かせる。だが、その前に気がかりがあった。
「でもその前に面会に行って来てもいいですか?」
「すみません。もう時間がないので」
そう言うやいなや男は祐樹の腕を掴んだ。
「ちょ、待ってくれ」
暴れて逃げようとするともう一人の男がもう片方の腕を掴む。
両腕を掴まれた祐樹は連行されるように車の中に引きずりこまれていった。

祐樹が連れて行かれた先は世間一般で言うところの豪邸だった。
車が近づくと大きな門がゆっくりと開く。祐樹はその光景を車の中から呆然と眺めるだけだった。
「すごい豪邸ですね」
「はい。もうすぐで祐樹様のものとなりますよ」
祐樹の頭に疑問符が浮かんだ。男の言う意味がよく理解できなかった。
この人はなにを言ってるのだろう?まるで俺が――っは!?
祐樹の頭の中で何となく線が繋がった。それはつまり――
「式ってもしかして……結婚式ですか?」
「はい」
ここから先は聞くのが怖かった。だが、きちんと確認しとかなければなるまい。
祐樹は腹をくくって訪ねた。
「誰と誰のですか?」
「お嬢様と祐樹様でございます」
「!」
予想通りの答えが返ってきた。話の流れからして変だったんだ。
俺が結婚?そんなバカな!俺にはまだ百合音を看てやらないといけないだ。
どこか論点がずれているのだが、興奮気味の祐樹にはそこまで頭が回らなかった。
ただ、この状況からいかにして逃げるかだけが思考を占領していた。
「祐樹様、着きました」
「あ、はい」
祐樹はこれがチャンスとばかりに男2人が車から降りた瞬間、自分も続くように飛び降りた。
そして今来た道を戻るように全速力で駆けていく。
男2人は一瞬のことで立ち止まっていたが、すぐさま祐樹の後を追いかける。
「祐樹様っ! お待ちください」
「すまないけど、俺はまだ結婚はできないんだー!」
「そんなことは言わずにー! お嬢様が悲しみますー」
「悪いけど謝っておいてくれー!!」
それだけ残して祐樹はバイトで鍛えた自慢の俊足でその場を去っていった。




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