最終話『ふたつの結末、ひとつの始まり』
最終話
『ふたつの結末、ひとつの始まり』
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夜も更け、時計の針が12時を過ぎた頃。
病院から帰った祐樹は、自分の部屋へと向かうなか、ドアの前に人影があるのに気がついた。
「こんな時間にどうしたの?」
祐樹の問いにその人物は何も答えなかった。祐樹もそれ以上の言葉が出なかった。
「おかえりなさい」
その人物は祐樹に目を合わさず、俯いたまま言った。そして沈黙。
「そこ、どいてくれるかな?部屋に入りたいんだけど…」
祐樹の言葉にその人物は無言で横に動いた。祐樹はドアの前に行くと鍵穴に鍵を差し込み、ドアを開けた。
「…外は寒いだろう?中に入って、美奈子ちゃん」
ドアを閉める前に祐樹はそれだけ言った。
「――ありがとう」
美奈子は礼を言って、差し出されたコップに口を付けた。
「………」
祐樹は無言で座ると、自分もコップに口を付けた。
気まずい空気が流れるなか、ふたりは無言で喉を潤す。そして同時にコップをテーブルに置いた。
「祐樹さん」
はじめに声を出したのは美奈子だった。その表情には様々な気持ちが混ざっているのが祐樹にもわかった。
「なに?」
「正直に答えてください。私のこと好きですか?」
「………」
祐樹は美奈子の問いに無言で頷いた。
「私が妹さんに似ているからですか?違いますか?」
「……!?」
思いがけない言葉に祐樹の顔色が変わった。その変化に美奈子も確信した。やっぱり、母が言ったことは本当だったと…。
「私は――私は純粋に祐樹さんが好きなんですっ!でも、祐樹さんは私を好きなんじゃない!妹さんに似ている私が好きなんだ!そうでしょう?」
「………」
祐樹は何も答えられなかった。美奈子の言っていたことが真実だけに、言い返せなかった。たとえ違うと言っても、それは結果として気休めにしかならないことをわかっているからである。
「答えてよ!祐樹さんっ!!」
「………」
美奈子の目に涙がたまっていく。それでもなお、祐樹は答えられなかった。
「私、祐樹さんが抱いてくれて嬉しかった。でも、それは祐樹さんも私自身を好きだと思ったから。そうだと思いこんでいたからなのっ」
「………」
「誰かの代わりに抱かれても嬉しくない!ちっとも楽しくないよ、苦しいだけだよ…」
我慢しきれなくなった涙が美奈子の頬を流れていく。それを何度も両手で拭い去るが、次々と流れてくる涙は嘲笑うかのように畳に落ちていく。
「うっぐ…、どうしたらいいの?私は祐樹さんが好き。でも、祐樹さんは私を好きじゃない…」
「………」
「わかんない、どうしたらいいのかわからないよ…」
「……ごめん」
「謝らないで。ぐすっ……祐樹さんが悪いんじゃない…」
「それでも、ごめん…」
謝る祐樹に美奈子はたまらず飛び込んだ。
祐樹の服を両手でギュッと掴むと、胸に抱きつく。そんな美奈子の姿に戸惑いながらも、祐樹は背中に手を回した。
「ごめんなさい。私……祐樹さんを責めるつもりじゃなかった…」
「………」
「他に言いたいことがあったのに…」
「………」
「傷つけるつもりじゃ、なかったのに…」
「………」
美奈子の言葉に、祐樹は黙って耳を傾けた。
「落ち着いた?」
「……はい」
しばらく泣いたら落ち着いたのか、美奈子は祐樹の胸の中で大人しくなっていた。
「祐樹さん」
「うん?」
「とっても暖かいです。祐樹さんの胸――とても安心できます」
「………」
祐樹の高鳴る鼓動が美奈子に伝わる。そして美奈子の鼓動も祐樹に伝わった。
何かに惹かれるように美奈子が見上げると、祐樹と目が合う。自然とふたりの唇が重なった。
「……ん」
「………」
どちらともなく静かに離れる。
「美奈子ちゃん…」
祐樹の手が胸に触れた瞬間、それを美奈子の手が制止した。
「ダメです」
「……?」
「私、もう祐樹さんに抱かれる資格はありませんから…」
美奈子は祐樹から離れると、ニッコリ微笑んだ。
「やっぱり、誰かの代わりに抱かれても嬉しくないですから」
「そ、そんなつもりじゃ…」
「私は“美奈子”、祐樹さんの妹さんじゃないんです」
「――!」
祐樹の胸に美奈この言葉が刺さる。
俺はずっと百合音の影を追っていたのか――美奈子ちゃんを見たことなんて一度も無かったんだっ!
「俺、ずっと君に百合音を重ねていたと思ってた。でも、そうじゃなかった」
「………」
「今、気づいたよ。君は君、百合音は百合音。そうだったんだ――そんな単純なことだったんだ」
「そう、それが祐樹さんの弱さなんです」
育ってきた環境により、現実を完全に見ることが出来なかったこと――それが祐樹の弱さ。
目の前にある現実よりも理想を追いかけていたのは、美奈子ではなく祐樹だったのかもしれない。
「ごめん。謝って済むような問題じゃないのはわかってるけど、ごめん」
「ダメです。許してあげません」
そう言う美奈子の顔は綻んでいる。全てを吹っ切れたような笑顔である。
「………」
「そうですね、祐樹さんが素直になってくれたら許してあげます」
「……?」
美奈子は祐樹に近づくと、素早く顔を寄せた。
「……ん」
触れるだけのキス。美奈子の行動に祐樹は目を白黒させた。
「これが最後のキスです。これで私も忘れます、祐樹さんも忘れてください」
「………」
「私の最後のお願いです。自分の心に素直になってください」
「自分の心?」
「…はいっ」
元気よく返事をすると、美奈子は立ち上がった。そしてドアに向かう。
「過去や理想を捨てて考えてみてください。祐樹さんには本当に好きな人がいるはずです…」
「ありがとう、考えてみるよ」
「はいっ!そんな祐樹さんが私は好きです。それだけは忘れないでください」
最後の最後まで美奈子は笑顔で出ていった。残された祐樹は言われたことを考えてみた。
「俺が本当に好きな人…」
過去、理想――つまり、都合のいい解釈を捨てて自分の心に向き合うこと。
それを踏まえて俺が心から好きな人――心から側にいてほしい、そして守りたい人。
「今頃気づくなんて…、これだから百合音に怒られるんだよな…」
祐樹は決意を込め、言葉とは裏腹に小さなため息をついた――
――バタン。
祐樹の部屋を出た美奈子。空を見上げると綺麗な月がぼんやりと浮かんでいる。
ドアにもたれ掛かると、美奈子は目を閉じた。祐樹とのやりとりが脳裏を横切る。その目から涙が零れた。
「………ぐす」
美奈子にとって祐樹は憧れであり、心から好きな人だった。そんな美奈子にとって、自分が妹の代わりであっても自分のことが好きであるなら、理由はどうあれ本望だったといえる。それなのに美奈子は祐樹を振り切った。
私、本当は妹さんの代わりでもよかった――祐樹さんに愛されるなら理由なんてどうでもよかった。でも…
「そんなの…、できるわけないよね」
美奈子の呟きが夜空に消える。
祐樹さんのことが本当に好きだからできなかった。なぜだろうね?諦めたはずなのに、涙が止まらないよ…。
「……ぅ……ぅぅ…」
儚い想いが涙と消える――そんな夜だった。
< デンジャラス・ラブ! Fin >
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