第1話『遠い思い』
第1話
『遠い思い』



今日も今日とて“九十九ちゃん”は平和に暇である。
「………」
「………」
このふたりにしては珍しく、気まずい空気が流れていた。
先日、体を重ねて以来、どことなく話しづらくなってしまっていた。
このことにいち早く気づいた佳奈は、
「ふたりともどうしたの?」
と問いかけるのだが、答える人はなく首を傾げただけだった。
「お客さん来ないね」
「…うん」
どんな会話も続かない。
一言喋ってはお互い黙ってしまい、静かな時間が流れた。
――1時間後。
「えっと、耕ちゃん」
「な、なに?」
「こ、この前のことは気にしなくていいからね?私はただ傷心の耕ちゃんを慰めてあげただけだから……ねっ?」
「う、うん…。でも俺は――」
なにかを言おうとする耕一を深雪は遮った。
「それ以上は言わないで。耕ちゃんの気持ちはわかっているつもりよ。でも、それを言われたら私が本気になってしまいそうで怖いの…」
「………」
「私と耕ちゃんと佳奈の関係を壊したくないのよ。お願い、家族でいさせて?」
深雪の言葉に耕一の拳が震えた。
「おばさんはいつもそうだっ!そうやって最後はいつも押さえつける。俺の気持ちを知っているくせに、それに応えてくれない!どうしてっ?どうしてなんだよっ!」
まるで子供のように叫ぶ耕一に深雪はなにも答えられなかった。
「俺、深雪さんが好きだっ!静子さんがいなくなってから、こんな感情は忘れていた。人を好きになるって、誰かを大切だって思えることを久しぶりに思い出したんだ」
「こ、こんなおばさんになにを言ってるのよ…」
耕一は深雪に近づくと黙ってその体を強く抱きしめた。
「こ、耕ちゃんっ!?」
「深雪さんは綺麗だよ。年齢なんて関係ない――それを言ったら俺だってもうこんな年だし」
「…ばか。あなたはまだまだ若いわよ」
静かにふたりの顔が近づく。
――ガタッ!
その瞬間、ふたりの目の前にひとりの姿が現れた。
「――佳奈っ!」
「お、お兄ちゃん?それにお母さん……、なにしてる…の?」
制服姿の佳奈は目を見開いたまま硬直したように入り口に立っていた。
「か、佳奈。こ、これはね…」
「今日ね、学校が早く終わったから手伝いに来たんだけど……お、お邪魔だったかな…?」
「佳奈ちゃん…」
耕一と目が合うと、佳奈の目から大粒の涙があふれ出した。
「ご、ごめんなさい。ふたりの気持ち知らなくて……私、お兄ちゃんのこと好きだけど、やっぱりお母さんの方がいいよね…。うん、そうだよね」
佳奈はひとりで納得すると、涙を拭いながら駆けだしていった。




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