第2話『近くて遠い思い』
第2話
『近くて遠い思い』



外はすっかり夜になっていた。
玄関の辺りを軽く見渡し、ひとつため息をつきながら耕一は家の中に入った。
「佳奈ちゃん、いませんね」
「そう…」
台所で心配そうに座っている深雪にひとつ声をかけて自分も向かいの椅子に座る。
「佳奈はね。あなたのこと本気で好きなのよ」
「………」
耕一は静かに頷いた。
「あなたが静子ちゃんと別れたとき、心配しながらも嬉しそうにしていたのを思い出したわ」
「なんとなく佳奈ちゃんが俺に好意があるのは知っていましたけどね」
「耕ちゃんが思っているほどあの子は子供じゃないのよ。本気であなたを好きになって、たとえ年が離れていてもあなたさえよければ結婚さえしても構わないつもりなのよ」
「そういう子ですよね」
深雪の言葉に耕一は苦笑する。
それにつられて深雪も小さく笑った。
「娘の好きな人を横取りなんてできないわね。母親としては」
「…おばさん」
「こんな事を言えた義理ではないけれど、あの子のことを頼めるかしら?私に似て美人だし若いから問題ないと思うんだけど…」
「そ、そういう問題じゃないんですけど」
呆れたように答える耕一。
「耕ちゃんの気持ちはわかっている。でもね、あなたの気持ちは本当の愛情じゃない。それは子供が母親に求めるものなのよ」
「………」
「姉さんが早くに亡くなったから、あなたが母親の愛情を知らないのは当然よね。その気持ちを私に重ねて勘違いしているに過ぎないのよ」
深雪の言葉に耕一はなにも言えなかった。
母親の愛情を知らない耕一に反論する術はあるはずもなく、ただ聞くだけしかなかった。
――数分後。
耕一は静かに立ち上がった。
「耕ちゃん?」
「俺、おばさんの言っていることが正しいかはわからない。でも、ひとつだけ言えることがあります」
「なに?」
「俺にとって、おばさんも佳奈ちゃんも大切な存在だって事です」
きっぱりと言い放つと耕一は玄関に向かった。
その後を深雪が追う。
「どこに行くの?」
「佳奈ちゃんを探しに行くんですよ。きっと寂しがっていると思いますから」
「そうね。強がってはいるけど、あの子、本当は凄く寂しがりやだからね」
「誰かさんと同じですね」
苦笑しながら耕一は扉を開ける。
外はいつの間にか雨が降っていた――。




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