第3話『気づかない思い』
第3話
『気づかない思い』



雨が降る中、耕一はひたすら佳奈の姿を探した。
――だが、その甲斐もむなしく見つけることはできなかった。
「雨がかなり強くなってきた」
ずぶ濡れになった耕一は時折クシャミをしながら歩き回る。
そして一端体制を整えようと自分のアパートに戻るときだった。
「――佳奈ちゃんっ!」
近所の公園の中で雨にうたれている佳奈の姿があった。
耕一はすぐさま駆け寄る。
「…あ、お兄ちゃん」
「佳奈ちゃん。探したよ」
「………」
耕一にひとめ目向けると、佳奈は雨空を見上げた。
「さぁ、帰ろう」
「………」
「佳奈ちゃん?」
手をさしのべる耕一の表情が曇った。
雨に濡れているだけの佳奈だと思っていたが、止めどなく涙を流していることに耕一は気づいた。
「佳奈ちゃん…」
「私、やっぱり勝てないや。静子さんにもお母さんにも…」
「そんなこと…」
「気休めはいいよ」
「……とりあえず戻ろう」
耕一はそっと佳奈の手を取った。
佳奈はそれを振り払うこともなく、静かに耕一についていった。
――アパート。
部屋に戻ってきた耕一はずぶ濡れになった佳奈を風呂に入れると、深雪に電話をかけた。
「もしもし、おばさん?」
『佳奈は見つかった?』
「うん。なんとかね」
『それで佳奈は大丈夫なの?』
「…どうかな。かなり思い詰めているみたい」
耕一はバスルームに目を向けながら答えた。
『後は耕ちゃんに任せるわ』
「………」
『佳奈をよろしくね』
その言葉を残して電話は切れた。
「…ふぅ」
受話器を戻すと耕一は小さくため息をつく。
そして濡れた服を脱いでいると背後の気配に振り向いた。
「佳奈ちゃん」
「………」
そこには裸で髪が濡れたままの佳奈が立っていた。
一瞬驚いた耕一だが、それを顔に出さず引き出しからバスタオルを出すと頭からかぶせた。
「ほら、髪は乾かさないと風邪を引くよ」
ゴシゴシと強く拭いていると、佳奈がギュッと耕一に抱きついた。
「お兄ちゃんはズルイ」
「…どうして?」
「優しくされたら……ぐすっ、諦められないよ…」
耕一は佳奈の頭を優しく撫でた。
「俺さ、深雪さんにふられたんだ」
「…っ!」
「本当、俺ってふられてばっかだよね。ははは」
「あ、あのっ!お兄ちゃんっ…」
佳奈が顔を上げたとき、
「ハックション!」
耕一の豪快なクシャミが炸裂した。
「うぅ〜、ごめんね。ちょっと風呂に入ってくる」
そう言って耕一はそそくさと風呂に入っていった。
残された佳奈は、
「わ、私も入り直そうかな」
耕一の後を追うように風呂に向かった。
――カポ〜ン!
「………」
「………」
風呂の中でふたりは無言だった。
裸同士ではなにを話していいかわからず、目も合わすことすらできにくい状況である。
「佳奈ちゃんは入ってこなくてもよかったのに…」
「だ、だって…」
また会話は途切れる。
ずっとふたりして湯船に浸かっていても上せるだけなので耕一は思いきってあがった。
「俺は先にあがるから」
「う、うん…」
ぎこちない返事を聞いて耕一は風呂場を後にした。
「…ふぅ」
体を拭いて一息つく。
この空気はまずい、このままでは後に引けなくなってしまう。
耕一はこれから先のことを感じ取っていた。どうしても避けられない佳奈との関係。
今の自分では佳奈の全てを受けきれないこともわかっていた。
全てを捨て切れていない自分に他人を受け入れる資格はないと・・・。
「お、お兄ちゃん…」
佳奈がバスタオル姿があがってきた。
長くのばした髪がストレートに落ちており、大人びた雰囲気を漂わせている。
「だ、抱いてほしいの…」
「………」
「もう、子供じゃないの。お兄ちゃんを受け入れることだってできる。昔の私じゃないのっ」
耕一はワイシャツを取り出すと佳奈に羽織らせた。
「そんな格好だと風邪引くよ」
「お兄ちゃんっ!」
「…佳奈ちゃんはわかっていると思うけど、俺は全てを捨て切れてないんだ。そんな俺が佳奈ちゃんの気持ちを受け取るわけにはいかない。それはきっと、君を傷つけてしまうから」
「で、でも…っ」
渋る佳奈を耕一は優しく抱きしめる。
「本当に君を大切に思っているから。君だけは絶対失いたくないから…」
「お兄ちゃん?」
耕一が震えていることに気づく佳奈。
耕一自身気づいていなかった本当の思い。それは口にすることで初めて自覚する思い。
「ごめん。俺ずっと気づいてなかった。いつまでも側にいてくれて、想いを寄せてくれている君がずっと好きだったことに気づいてなかった。子供だから、ずっとずっと子供だと思っていたから恋愛対象として見ていなかったんだ。ごめん、鈍感で本当にごめん」
「泣かないで。私は気にしてないから」
子供のように泣く耕一を佳奈の細い手が抱きしめる。それに応えるように耕一も強く抱き返す。
「気がつけば俺はずっと君に助けられていたんだね。本当にたくさん助けられた」
「お兄ちゃんが望むなら、これからもずっと助けてあげるよ?」
「佳奈ちゃん…」
ふたりは静かに向き合うと、そっと唇を重ねた。




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