第4話『繋がる思い』
第4話
『繋がる思い』
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雨の日、耕一と佳奈は結ばれた。
あの日以来、ふたりは周囲が認めるほどの仲になったのだが、数カ月経った日のこと。
「あ、あのね。お母さん」
「どうしたの?最近、元気ないわね。耕ちゃんと喧嘩でもしたの?」
佳奈は俯きながら首を横に振った。
「そうじゃないの。えっとね、あの…」
歯切れの悪い佳奈に深雪はため息をつくと、その体を抱きしめた。
「ハキハキしているあなたが珍しいわね。大丈夫、驚かないで聞いてあげるから」
「本当?」
佳奈は深雪に顔を埋めると小さく呟いた。
「……ちゃったの」
「ん、なに?」
「できちゃったの…」
「………」
佳奈の言葉に深雪は凍り付いた。
――そしてしばしの沈黙。
「お城が?」
「赤ちゃん」
深雪のボケに佳奈はすぐさまツッこむ。
「誰の?」
「私とお兄ちゃんの…」
「どうして?」
「は、初めて抱かれたとき、危険日だったんだけど大丈夫だって言っちゃったの」
「わざと嘘をついたわね?」
佳奈は小さく頷いた。
そんな佳奈の頭を深雪は優しく撫でる。
「バカな子ね。そんなことしなくたって、耕ちゃんはあなたを捨てたりしないわよ」
「お母さん。私、卑怯かな?こんなことしてお兄ちゃんは嫌いにならないかな?」
「それはわからないわ。ここから先はあなた達の問題よ。勇気を出して話してらっしゃい」
深雪の言葉に佳奈の手に力がこもる。
「怖いよ。嫌われちゃったら、どうしたらいいの?」
「大丈夫。あなたの愛した人を信じなさい」
「…うん」
佳奈は小さく頷くと深雪から離れた。
――いつものごとく九十九ちゃんは暇である。
「朝から誰も来ないな」
ひとり愚痴りながら耕一は椅子に座っていた。
誰もいない店内を見渡す。そこには動物たちの鳴き声意外なにもなかった。
あまりに暇で欠伸がでそうになったとき、店の入り口が開いた。
「いらっしゃい…って、佳奈ちゃんか」
「あ、うん…」
浮かない顔をして入ってくる佳奈に気づいた耕一は、いつもより優しく声をかけた。
「休みの日なのにどうしたの?もしかして手伝いに来てくれたのかな?」
「えっと、その…」
言葉に詰まる佳奈。不意にその目から大粒の涙が零れだした。
「か、佳奈ちゃん?」
「ごめんなさい、お兄ちゃん。私、嘘をついていました…」
「嘘?」
「はい、ごめんなさい。お兄ちゃんを騙してこんな事になって…」
事態がうまく飲み込めない耕一は頭をかいた。
佳奈は瞳から溢れる涙を何度も拭うが、それは止めどなく流れ続ける。
それを見かねた耕一はとりあえず慰めるように抱きすくめた。
「泣かなくていいから。わかるように説明してくれるかな?」
「ぐすっ…」
「ほら、あんまり泣くと幸せが飛んでっちゃうよ?」
「あはは、なにそれ?」
少し落ち着きを取り戻した佳奈は静かに口を開いた。
「赤ちゃん、できちゃったの」
「……誰の?」
「私とお兄ちゃんの…」
耕一はしばし目を閉じると、
「嘘をついたんだね?」
呟くように言った。その言葉に佳奈の体が大きく反応する。そして、
「…はい」
申し訳なさそうに頷いた。
「俺が佳奈ちゃんを抱いたのはあのときだけ。あの日、本当は…」
「大丈夫じゃなかったんです。私、どうしてもお兄ちゃんとの繋がりがほしくて。赤ちゃんができたら責任感の強いお兄ちゃんは絶対私を捨てないって。そう思って…」
再び佳奈の目から涙が溢れた。何度も謝りながら涙を零し続ける。
やりきれない思いに駆られた耕一は抱きしめる手に力を込めた。
「全て俺のせいだ。心配かけてごめんね、きちんと責任はとるよ」
「ち、違うのっ!卑怯な私が悪いのっ」
耕一は抱きしめる手を佳奈の肩に移し顔を合わせる。
「君は優しい子だ。俺がハッキリ言わなかったから無用な心配をかけてしまったんだ」
「お兄ちゃん…?」
「こんな結果になってしまったけど、俺は初めて君を抱いたときから責任はとるつもりだったよ。ただ、それを言いそびれた結果、君をこんなに苦しませるとは思わなかった。許してほしい」
パァーン!
頭を下げる耕一の頬に佳奈の平手が響いた。
「ごめん。佳奈ちゃん…」
「謝ったって許してあげないんだからね」
そう言って佳奈は耕一の胸に飛び込んだ。
「言葉にしてくれないと許してあげないんだから…」
「わかったよ」
耕一は佳奈の耳に口を寄せると小さく囁いた。
「愛してるよ、佳奈」
――離れたところから事の顛末を見届けていた深雪は立ち去ろうとしたが、ふと足を止めた。
「なんとかおさまったみたいですね」
目の前の人物に笑って深雪は頷く。
「これでいいのよ、あの子も耕ちゃんもね」
「私も少し安心しました」
「ごめんね?変なことで連絡しちゃって。でも、なんとかふたりで解決してよかったわ」
不意に深雪の目から涙が零れる。
「あはは、ホッとしたら涙が出てきたわ」
「深雪さん…。本当はまだ…?」
深雪は涙を拭くと、滅多に吸わないタバコを取り出すと口にくわえた。
「別にいいのよ、私は母親で我慢しているから――って、前にも言ったことがあるようなセリフね」
「ふふっ、そうですね」
ふたりの笑い声が空に小さく響いた。
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