エピローグ『想う人、想われる人』
エピローグ
『想う人、想われる人』
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月日は流れ、全ての時間が等しく過ぎ去っていった頃。
九十九ちゃんだけは例外に潰れることもなく健在である。
「どれだけ時間が経ってもこの店だけは存在するんだな」
耕一は半ば呆れながら呟いた。
この店の経営もかなり板に付き、今日も客がいなくても、深雪が煎餅を食べながらテレビを見ていても驚くことはなかった。むしろこれがここでの日常であった。
「耕ちゃんも見ない?これ面白いよ」
「結構ですっ!」
「あらあら、つれない子ねぇ」
そんないつものやりとりをしていると、店内に泣き声が広がった。
それにつられて動物たちも鳴き始める。
「母さん、佳奈美を頼むよ。俺は動物たちを見てくるから」
「はいはーい!」
深雪は嬉しそうに返事をすると泣いている赤ん坊のところまで行き、抱き上げてあやす。
「よしよし、お母さんはもうすぐ帰ってきますからねぇ〜」
――しばらくして赤ん坊が泣きやむと、動物たちも静かになった。
耕一が戻ってくるとそこには深雪の腕の中で気持ちよさそうに眠る佳奈美の姿があった。
「本当にこれでよかったのかな?」
佳奈美を眺めながら耕一は呟いた。
「なにが?」
「佳奈ちゃんに無理をさせているような気がしてさ。育児と勉学を同時にするなんてやっぱり無理なんじゃないかって」
「大丈夫よ。あの子だって好きで選んだ道なんですもの、それに私の子だしね」
根拠になるようでならない言葉に耕一は苦笑した。
「そうだね。母さんの娘だからね」
「そうそうっ!耕ちゃんも私のことを『母さん』って呼ぶことが板に付いているようだし…」
「話が繋がってないよ」
「細かいことは気にしないっ!全てがうまくいっているんだからいいじゃないのっ」
笑いながら深雪は耕一の背中をバンバンと強く叩いた。
――夕方、不意に九十九ちゃんの入り口が開いた。
「いらっしゃ…、おかえり佳奈ちゃん」
「ただいまっ!お兄ちゃんっ」
そう言うなり、制服姿の佳奈は耕一に飛びつくとキスをした。
「こ、こらこら。人前でいきなりしないのっ」
耕一の指が佳奈の額を弾くと、佳奈は嬉しそうにさすりながら笑った。
「母親の前で見せつけてくれるわねぇ〜」
「私とお兄ちゃんはラブラブだもん」
勝ち誇ったように言う佳奈に負けじと深雪も対抗しようとする。
「あら、私だって耕ちゃんとはラブラブだもんねぇ〜?」
「親子ですからね」
素っ気なく即答する耕一に深雪はガックリと肩を落とす。
その光景に佳奈が吹き出す。それにつられて耕一も深雪も笑い出した。
「お母さんには感謝してるよ。佳奈美の面倒をいつも見てくれて…、本当は私が見てあげなくちゃいけないんだけど、学校に行かないとお兄ちゃんが怒るから」
不意に佳奈が真面目に話す。
「なに言ってるのよ」
深雪が小さく笑う。
「あなたはあなたの信じる道を生きなさい。そして愛する人を信じなさい。そうすれば幸せになれるわよ」
「お母さん…」
佳奈は深雪に近づくとその体を静かに預けた。
「私、お母さんの娘でよかった。お兄ちゃんを好きになって本当によかった」
――ガラッ!
和やかなムードの中、久方ぶりに来客が訪れた。
「すみませぇーん」
「はーい!あっ…」
耕一はその客の顔を見て驚く。そこには懐かしい笑顔があった。
「可愛い子犬がほしいんですけど、お勧めは…?」
客の問いに耕一は笑顔でこう答えた。
「遅ればせながら、結婚祝いにとびっきり可愛いのをプレゼントしますよ」
< 笑顔の君 Fin >
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