第1話『やっぱり彼女は男嫌い?』
第1話
『やっぱり彼女は男嫌い?』



「昨日の人?」
ペットショップの店主である深雪は、そう聞き返した。
彼女に問いかけたのは昨日から働くことになった新人の“音無 静子(おとなし しずこ、18歳)”である。小柄だがスラッとした体型に幼さを宿す童顔。それに相まって大人っぽく見える長い髪が特徴である。このアンバランスさが彼女のチャームポイントであるのだが、彼女自身がそれを生かしきれているとは言えない。男性恐怖症というマイナス要素がそれを消し去っている。
「はい。その……謝らないといけないんです。それにお礼も…」
「そんなの気にしなくていいよ。あの子は好きで静子ちゃんを助けたんだからね」
「で、でも…!」
深雪の言葉に静子はなにを言っていいのかわからず、モジモジと手を組んだ。その仕草を見た深雪は微笑みながら言った。
「可愛いわね。そんな仕草をあの子が見たら一発でノックアウトね」
「え?」
「あの子、惚れっぽいところがあるの。まぁ、小さい頃に母親を亡くして、2年ほど前に父親も亡くしたからかもしれないけど。きっと人が恋しいんだと私は思うの、母親に甘えられなかったしね」
「………」
静子は複雑そうな顔をした。自分を助けてくれた人の過去をこんな形で聞くとは思ってもみなかったからだ。そんな人には見えなかったと心の中で呟く。
「ああっ、そんな暗くならなくていいのよ?姉さんの子供にしては良い子だと思ってるんですもの」
「それって……?」
「あの子にとって私は叔母。簡単に言うと身寄りの無くなった甥を養子にしたってわけよ。そのときの耕ちゃんといったら目が点になっていたわ」
まるで昨日のことのように話す深雪。その笑顔には確かな愛情があると静子は素直に感じた。
「耕ちゃんは素直じゃないから、私のことを『お母さん』って呼んでくれないんだけどね。それでも私は満足しているわ。悩み事があったらすぐに相談に来てくれるし、佳奈の面倒もよくみてくれるしね」
「かな?」
「佳奈は私の娘。少し前に夫を亡くしたときは、さすがの私も落ち込んだわ。でもね、耕ちゃんはなにも言わずに接してくれたの。それこそ今までと同じでね、逆に変に気を遣ってくれなかったことが嬉しかった。佳奈もお兄ちゃんってすっごく懐いて本当に嬉しかった――」
そこまで言って急に深雪の顔つきが変わった。今までの嬉しそうな姿とは反対に、真剣そのものになったのである。その姿に静子は恐る恐る聞き返した。
「ど、どうかしましたか?」
「耕ちゃんね…」
「はい」
「女の人を見る目がないの…」
「……?」
深雪の言わんとすることが静子には理解できなかった。だがそんなことは関係なしに深雪は続ける。
「前の彼女なんてそれは酷かったの。可愛い顔して二股をかけていたのよっ!」
「二股……」
「ふたつ股があるって意味じゃないのよ?」
「そ、それぐらい知ってますっ」
「そう。それでね、佳奈がそのことに気づいて彼女との間に割って入ったの!さすがの彼女も佳奈にやられて逃げるしかなかったってわけ」
「佳奈ちゃん、すごいですね」
「耕ちゃんが単にバカなだけよ。本当、バカな息子ほど可愛いってことかしらね?」
深雪が嬉しそうに言ったとき、店の入り口が開いた。
「こんにちはー」
「噂をすれば――ってね」
手に包帯を巻いた姿で耕一が入ってきた。
耕一の姿を見た静子は昨日、言えなかった事を恐怖を押さえながら思い切って言った。
「き、昨日はごめんなさい。それと……あの……ありがとうございました」
「え?……あ」
「耕ちゃん。ほら、返事」
戸惑う耕一に深雪の言葉が背中を押す。
「気にしなくていいよ。それよりケガはないようだね?」
「あ、はい」
「よかった。えっと――」
言葉に詰まる耕一に静子は慌てたように答えた。
「静子、音無静子と言います」
「音無……さん?」
「なーに堅苦しい言い方してるのよ!『耕一』と『静子』でいいじゃない?」
深雪の言葉に耕一は慌てたように繕う。
「そんなのいいわけないだろうっ!まったく叔母さんは…」
「一目惚れした子に気を遣うなんて、な〜んて可愛い息子かしら」
「えっ?」
「ちょ、こんなところで言わなくてもいいだろうっ!?」
「いずれわかることなんだから早いほうがいいわ」
「それとこれとは違うっ!」
ふたりのやりとりを静子は顔を赤くしながら見ていた。そのことに気づいた耕一は弁解の意を唱えた。
「えっと、その、あの――」
「ズバッと告白しちゃいなよ」
「うん。――って違う!話をややこしくしないでよ叔母さん」
「はいはい」
耕一の言葉に深雪はすねた。いや、すねたフリをしたのである。耕一はそのことをよく理解しているので特に気にはしなかった。
「俺のことは気にしなくていいから……って、無理かな?」
「わ、私……わかりません…」
「そうだよね。まぁ、ただの知り合いだと思ってくれたらいいよ」
「知り合い……ですか?」
「叔母さんが言っちゃったけどさ、君に一目惚れしたからって何かするわけじゃないから警戒しないでほしいな?――って、それも無理な相談だよね」
「よ、よくわからないです。私、男の人が苦手で――」
静子の言葉を聞いて耕一は何かを思いだしたように急ぎはじめた。
「あ、バイトの時間だ」
「え?」
「耕ちゃん。今日は遅くなるの?佳奈に夜食を持っていかそうか?」
「すみません。お願いします」
「親子なんだから気を遣わなくてよろしい」
「それじゃ、行って来ます」
「いってらっしゃい」
耕一は急ぐように店を出ていった。その光景を静子は首を傾げた。そんな静子に深雪は声をかける。
「静子ちゃん」
「はい?」
「あの子のこと、嫌わないでね。根は悪い子じゃないのよ、ちょっと惚れっぽいだけで優しい子だから」
「わ、私――そんなつもりじゃなくて」
「そう、よかった。静子ちゃんが男嫌いだって知って、気を遣って出ていったのよ。本当、演技が下手な子ね」
「私のせいで……?」
「違うわ。あなたが好きだからよ――ほんと惚れっぽいわねぇ〜」
「急に言われても…」
「困る?」
「あ、はい……私はこんなんだから、耕一さんの気持ちに応えられません」
「本当にそうかしら?」
深雪は静子の言葉に疑問を投げかけた。その行動に静子は困惑気味答える。
「どういう意味ですか?」
「特に意味はないんだけどね。あなたさえよければ、ちょっとだけ耕ちゃんと付き合ってみなさいよ?」
「つ、付き合うって…」
静子の顔から火が噴いた。そんな静子の姿に深雪は少し吹き出す。
「も、もしかして男の子と付き合ったこと無いの?」
「は、はい…」
「それじゃぁ、なおさらいい機会だわ。そこら辺にいる狼とは耕ちゃんはひと味違うからね!」
「で、でも…」
「デモもテロもない!」
「だ、だけど…」
深雪のギャグが耳に入っていないようだ。静子は困り果ててしまった。
「ほら、耕ちゃんにお礼がしたいんでしょ?」
「そ、それは…」
「ここに映画のチケットがあるから誘ってあげなさい」
深雪は手品のようにチケットを二枚取り出すと、無理矢理静子に握らせた。
その行動に困惑する静子。
「わ、私…」
「耕ちゃんなら、明日、また来るからそのとき誘いなさい」
「えっと…」
「時給下げるわよ?」
「わ、わかりました――」
深雪の行動は職権乱用である。それがわかっていても静子には言い返す勇気もなく、言われたとおりにするしかなかった。
「な、なんて誘えばいいのかしら…?」
静子の胸は高鳴っていたのだが、それがいつもと違うことに今回も気づかなかった。




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