第2話『困ったときの愛頼み?』
第2話
『困ったときの愛頼み?』
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「こんにちはー!」
次の日、深雪の言うとおり耕一は店に来た。
「耕ちゃん。いらっしゃい」
「昨日はごちそうさま」
耕一はお礼を言って鞄から皿を取り出すと、深雪に渡した。
「おっ?ちゃんと洗ってくれたのね、偉いっ!」
「それぐらいは当然だよ」
「静子ちゃんの前だからって、いい顔しないのっ」
深雪の言葉に店内の掃除をしていた静子がビクッと反応した。
静子が目を向けると、耕一と目があった。耕一がニッコリ微笑むと静子はすぐさま顔を反らした。
「叔母さん。変なこと言ってないだろうね?」
「耕ちゃんの過去と女遍歴を言っただけよ?」
「………」
耕一はがっくりと項垂れた。
新たな俺の恋は終わった――いや、叔母によって潰されたのだ!
「そんな顔しなさんな。彼女の情報を教えてあげるからっ」
深雪は囁くように呟いた。その言葉に耕一が食らいつく。
「なになに?」
「静子ちゃん、男と付き合ったことがないんだって」
「やっぱり。男嫌いみたいだから仕方ないよ。俺だって諦めようと思ってるからさ」
「あら?あんな可愛い子を諦めるの?」
「仕方ないだろ?彼女は男嫌いなんだから、無理に迫ったって意味ないよ」
耕一の言葉はもっともである。深雪も納得しつつ反論する。
「でも、嫌いなら克服できるかもしれないじゃない?」
「難しいと思うよ。叔母さんはピーマン嫌い克服できたの?」
「――まだよ」
「だろ?そう言うことだよ」
再び耕一の的を得た言葉に叔母は納得した。そして反論。
「愛があればなんとかなる」
「でたよ。それを言えばなんとかなるって思ってるでしょ?」
「事実よ」
「非現実的だ」
「頑固者!」
「どっちが」
「あまのじゃく!」
「お互い様」
「包茎!」
「う、うるさいっ!」
「早漏!」
「――グサッ!」
ふたりのやりとりがエスカレートしていくなか、その様を静子は不思議な顔で見つめていた。
耕一さんと深雪さんって本当に仲がいいのね、羨ましい。まるで――そう、親子と言うより恋人同士みたいに見えるのは気のせいかしら?
静子は自分の中にわいた感情に困惑した。胸がドキドキするような、苦しいような感覚。今まで感じたことの無い出来事だけに静子自身がついていけなかった。
「それはさておき、約束通り、ジェームズの散歩」
豪快な力技で会話をねじ曲げる深雪。その言葉に耕一はため息をついた。
ジェームズとはこの店の奥にいる巨大犬の名前である。昨日、耕一は散歩を約束したのでジェームズは朝からご機嫌がよかったかどうかは本人のみぞ知る。
「静子ちゃん、他の犬の散歩お願いね」
「は、はい」
こうして耕一と静子は作為的なものを感じながら店を出ることとなった。
ペットショップから公園へと続く道。
耕一はジェームズを連れ、静子は他の子犬たちを両手で連れていたが、ふたりの間に会話は無かった。
犬たちは嬉しそうに吠えながら急ごうと頑張っている。それに引っ張られないように紐を掴む静子だが、犬たちの方が総合的に力は強かった。
「ちょっと、まって…」
努力は叶わなかった。ズルズル引きずられていく姿を微笑みながら耕一は見送った。
髪を後ろでひとつに縛り、いつもより活発に見える静子の背中に耕一が見とれたのは言うまでもない。
「きゃっ!!」
静子の悲鳴に耕一は現実に戻った。
「ま、まってぇ〜」
犬たちに引っ張られ、今にも転けてしまいそうな静子を耕一は素早く助けた。
「よっと!大丈夫?」
「あっ…!」
ジェームズを掴んでいる手と逆の手で静子の小さな腕ごと紐を掴んだ。
「これにはコツがいるんだよ」
「あ――きゃぁっ!」
静子が飛び跳ねるように手を離した。その結果、両手に犬を抱えることになった耕一は――
「ちょ、ちょっとたんまー!!」
豪快なジェームズと元気いっぱいの子犬たちに引きずられながら公園へと入っていった。
「はぁ……はぁ……、助かった」
引きずられること10分。気が済んだ犬たちに耕一は解放された。今は子犬たちを静子が見てるので、耕一は服についた砂を払い、手当をすることにした。
「いてて、またケガが増えたよ」
「ご、ごめんなさい」
すまなそうに謝る小柄な静子がさらに小さく見えた。
「お、俺の方こそごめん。女の子って急に手を触られたらビックリすること忘れてたよ」
「そ、そんなことないです。触れられてビックリするのは私ぐらいです…」
「君だけじゃないよ。他の女の子だってそうだよ」
慌てて取り繕う耕一の言葉に静子は顔を振った。
「耕一さんは優しいんですね。深雪さんの言ってたとおりです」
「あ、いや…」
「深雪さんに耕一さんと付き合ってって言われたんです」
「まったく、あの叔母さんは」
耕一は頭が痛くなった。応援したいのか潰したいのか理解不明の状態になることは珍しくなかった。
「わ、私――どうしたらいいのか、わからなくて」
「なにもしなくていいよ。叔母さんの言ったことは気にしなくていいから」
「で、でも…」
「会ったばかりで付き合うもなにもないからね?」
そう言って耕一は話を区切るように傷の手当てをはじめた。
「ちょっと待ってください」
静子はポケットからハンカチを取り出すと、キズだらけの腕にそれを巻いた。
「だ、大丈夫だからっ!ハンカチが台無しになっちゃうよ」
「いいんです。私の……せいだから…」
小さな涙を見せる静子の姿に耕一の手が勝手に動く。ポケットからハンカチを取り出し、静子の目尻を優しく拭った。
「泣かなくていいから」
「耕一さん?」
「俺は気にしてないからね。好きでしたことだから」
耕一の言葉に静子はドキッとした。耕一の口から『好き』という単語が出るたびに静子の胸は高鳴った。その事実に気づいた静子はどうしていいかわからず、頬が上気することだけ自覚できた。
「こ、耕一さん」
「ん?なに?」
「も、もしよかったら、今度の日曜日――」
「うん」
「一緒に映画でも行きませんか?」
「うん――え!?」
耕一の手から貼ろうとした絆創膏が落ちた。思いがけもしない誘い、自分の耳を疑わずにはいられなかった。
「だ、だめ――ですか?」
「そ、そんなことないよ」
「よ、よかった…」
胸に手を当て、心底安心したような姿を見せる静子。その姿に耕一は目をパチクリさせた。
俺は夢を見ているのだろうか?――ああ、最近ケガばっかりしているから脳までやられたんだ。
「待ち合わせは駅でいいですか?」
「う、うん」
「そ、それじゃぁ……お待ちしています」
静子は顔を真っ赤にしながら走り去っていった。
わ、私ったら男の人が苦手なのに自分から誘うなんて……ど、どうしちゃったんだろう?
おさまっていた胸の鼓動が再び高鳴った。静子はその胸の苦しさに手で押さえながら走り続けた。――さて、残された耕一は?
「こいつらをひとりで連れて帰るのか?」
目の前にある現実にうんざりした。そこに助けの声が――
「いたいた、おにいちゃーん!」
ショートカットの小さい女の子が耕一の元へ駆け寄ってきた。
「遅いから迎えに来たよ」
「佳奈。しばらく見ないうちに大きくなったな」
「一週間で大きくならないってばっ!」
「そりゃそうか」
一応、耕一の妹である佳奈。目の前にある状況を見て首を傾げた。
「ひとりで散歩?大変じゃない?」
「いや、それがさっきまでふたりだったんだけど…」
耕一は佳奈に今までの経緯を話した。隠し事を嫌うところは深雪とそっくりである。
「今度の彼女は大丈夫なの?」
「今度の今度はすっごくいい子だっ!」
力説する耕一だが、彼の女遍歴を知っている佳奈には説得力がなかった。
「しょうがないなー、お兄ちゃんは」
「な、なにがだよ?」
「すぐそうやって信じちゃうんだから〜」
佳奈に返す言葉がない耕一。事実が事実だけにぐぅの音もでなかった。
「佳奈ちゃんが助けてあげましょう」
「助けるって…、また潰すつもりか?」
「あのときは潰さなかったら、お兄ちゃんが潰されちゃってたよ」
「そ、そうかもしれないが…」
「だいじょうぶ!いい人だったら、佳奈がくっつけてあげるからっ」
「ふ、不安だ…」
その言葉を発した瞬間、耕一の足に鋭い痛みが走った。
これが『妹最強説』の理由のひとつであることは語るまい――
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