第2話『夜の浜辺』
第2話
『夜の浜辺』
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“意外”は失礼かもしれないが、この旅館は見た目より中身はずっと良かった。
部屋は窓から海が見えて絶好だし、料理はバツグンに美味いときたもんだ。
「やはり、俺の目に狂いはなかったようだ」
本当は旅館の名前が名前だったので、ウケ狙いで選んだのはこの際無かったことにしよう。
後で聞かれたときに笑い話にでもしよう思っていたのが、更に幅が広がったな。
「……ふぅ」
ひとつ息を吐き、時計を見ると時間はまだ9時を指している。
まだ寝るのは早いと感じた俺は少し外を歩こうと思い、上着を羽織り外にでた。
………
ザァァァーー!!
外は緩やかな風が吹き、海の香りを運んでくる。
さざ波はゆっくりと心に響き、俺の空っぽな空間を埋め尽くした。
「なんだか……いいよな」
ザッザッザッ・・・
浜辺に足を下ろすと砂の音。
一歩、一歩と歩を進めるたびに少しだけその場が沈むのが面白い。
「………」
俺は無言で砂浜の上を歩き回った。
それはもう、子供みたいにただひたすら足跡を付けていった。
ザッザッザッザ・・・
ザッザッザッザ・・・
「……ん?」
気がつくと俺の周囲は足跡だらけだった。
夜の砂浜でひとり歩き続ける青年・・・見た人はビックリするだろうな。
ザッザッザ・・・
「よっと」
俺は砂浜の入り口まで戻り、砂浜と道路を仕切っているコンクリートの場所に座った。
ここからだと旅館も海も簡単に見渡せる。
前を見れば砂浜に海、後ろを見れば道路を渡ってすぐ旅館。
「道路って言っても、通行人も車もなにもない」
いわゆる田舎道みたいな道路で、車が一台通ることができればいいところ。
二台は確実に通れない場所である。
辺りは民家もなく、何も通らない道路を跨いで旅館『閑古鳥』がポツンと佇む寂しい光景。
だが、俺はこんな雰囲気が気に入った。
静かでのんびりとできるのが何より俺が求めていたもの。
『心にゆとりのある生活を』
これが俺の生き方だ。
若者らしくない、オヤジ臭いと言われることも多々あるが気にしない。
自分の生き方ぐらいは自分で決めるつもりだ。
ただ、今はその答えが見つからないだけ・・・。
「……? 誰かいる」
夜空に月が浮かぶ中、目を凝らしてみてみると浜辺にポツンと人影が見えた。
ここからではよく見えないが、ワンピースっぽい服装に髪が長い女性のようだ。
それ以上のことはわからない・・・。
「なんだか寒そうな格好だな」
今はまだ9月だが、今日はちょっと冷える。
そんな日の夜にあの格好は見ているこっちが震えてくるほどだ。
(よしっ、ここは俺が解決してやろう)
ザッザッザッザッ・・・
砂浜に足跡をたくさん付けながら、女性の元に向かう。
だんだんと距離が近づくが、あっちはこちらに振り返ることはなかった。
「よっ! その格好だと風邪ひくよ」
ふぁさっ・・・
見ず知らずの初めて会った女性に気軽に声をかけ、俺は後ろから上着を被せた。
「…え?」
ビクッと驚いたように体を震わせ、こちらに振り返る女性。
それは俺が想像していたより若く、とっても可愛らしい女の子だった。
「黄昏てるねぇ〜」
「……うん」
女の子は小さく頷くと、最初のように海をジッと眺めた。
それにつられて俺も何気なく眺める。
「海が好きなのか?」
「ううん。とくには…」
「そうか、俺もそうなんだ」
「じゃぁ、どうしてここにいるの?」
「さぁ? どうしてだろうな…」
俺は自分の答えに疑問を抱いた。
なぜ俺はここにいるんだろう・・・って。
「ただ…」
「…?」
「ボーっと黄昏たいだけだと思う」
「ふふふっ」
女の子が笑顔を綻ばせながら、小さく肩を震わせる。
それと同時に後ろで束ねられた髪がゆらゆらと左右に揺れた。
「夜も遅いし、気をつけて帰りなよ」
「うん、ありがとう」
「じゃあな」
「あっ、待って…!」
さり気なく去ろうとした俺は女の子に引き留められた。
「なに?」
「あの…、上着忘れてますよ?」
女の子は俺の上着を取ってこちらに差し出した。
だが、俺は受け取らず一言。
「別にいいよ」
「え? でも…」
「今日は冷えるから、それを着て帰りな」
「………」
複雑そうな顔をしながら俺の上着をそっと胸に抱きしめる女の子。
その体は少し震えており、寒さを我慢しているのは一目瞭然だ。
「そうだな…。次、また会うことがあったら、そのとき返してくれ」
「…はい」
俺はその答えに満足し、少し駆け足気味にこの場を去った。
実は内心ちょっと恥ずかしかったりする・・・。
女の子と話したことはほとんどないし、彼女なんていた試しもない。
気まぐれでした事とはいえ、やっぱ気恥ずかしい・・・。
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