第9話『夏の華』
第9話
『夏の華』


夜の浜辺。
俺達は2人で足跡をつけながら歩いていた。

ざくざく・・・

「夏といったら花火だな」

「そうですね」

いきなりの俺の思いつきにも、普通に答えてくれる。
そのせいか、知り合ったばかりだというのに昔からの付き合いのような気がしてならなかった。

「花火は好きか?」

「はい。でも、あんまりしたことがありません」

「どうして?」

「寂しくなるから…」

「あ〜、なんとなくわかる」

花火は終わった後が寂しいんだよなぁ・・・。
あれがなければ最高だと言える。

「ま、楽しいかどうかはわからないが、いっちょやってみるか?」

俺はそう言って、どこからともなく数本の花火を取りだした。
ちなみに、どこに隠し持っていたかは秘密だ・・・。

「…そうですね」

女の子はクスッと笑いながら、手を伸ばして線香花火を取った。
俺はポケットからライターを取りだして火をつける。

ジリジリジリジリ・・・

花火特有の音を響かせながら綺麗に咲く。
それはまさに夏の夜に輝く一輪の華とでも言えよう。

「…帰るんだ」

「え?」

「俺…、明日にはここを去るんだ」

ジッと花火を見つめながら呟いた。
女の子はその言葉を聞いたか聞いていないのか、ただ黙ったまま同じように花火を見つめる。

「………」

「はじめから短い旅行だったからな…」

ジリジリジリジリ・・・

静かに花火の音だけが響く。

「君に出会えて、とっても楽しかったよ。いい思い出ができた…」

「……私もです」

「それはよかった」

「……はい」

そして沈黙・・・。
静かな時間が再び流れる。

「………」

「………」

ジリジリジリジリ・・・

ザァァァァ〜〜!!

花火と波の音だけが辺りを支配する。
夜の浜辺にその存在だけを知らせるように、ただ響く。

「…あの」

そんなとき、女の子が口を開いた。

「本当に帰ってしまうんですか?」

「ああ…。君もいつか帰るんだろう?」

「はい」

「俺はそれより少し早く帰るだけだよ」

「………」

ザァァァ〜〜!!

花火が消え、波の音だけになった。
それでも俺達は消えた花火を眺めていた・・・。




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