第11話『決断』
第11話
『決断』


朝食を済ませた俺は、荷物を持って旅館を出た。
そして最後の見納めに浜辺に向かう。

ザッザッザ・・・

浜辺に着くと海は始めてきた頃と変わらず、同じ風景を流す。
海の香り、海の音・・・何一つ最初と同じ。

「この景色も今日で見納めか…」

ひとつため息を吐き、迷いを断ち切るように首を振る。

(あの女の子と会うべきか、会わざるべきか…)

そのことで悩んでいた。
最後に挨拶はしたいのだが、彼女に会ってしまうと決心が鈍るような気がする。
本当は俺も帰りたくない・・・。

だけど・・・

「あ、あの…」

「…ん?」

突然の声に振り返ると、そこにはあの女の子の姿。
初めて会ったときのワンピース姿で立っている。
だが、ひとつだけ違っていた・・・。

「本当に帰ってしまうんですか…?」

「…うん」

「そう………ですか」

俺の返事に寂しそうに俯いてしまった。
いつもの笑顔はなく、悲しそうな今にも泣き出してしまいそうな表情。
そんな姿に少し心が痛くなったが、俺にはどうすることもできない。

「………」

「………」

しばし沈黙が流れた。
海の音が静かに流れ、潮風が吹きつけてくる。

「……あの」

「うん?」

「わ、私を連れて行ってくれませんか?」

「……え!?」

彼女の突然の申し出に俺は思わず声をあげてしまった。
何を考えたのか、自分を連れて行ってほしいと言いだしたのだ。
驚かないはずがない・・・。

「変と思うかもしれませんが、私……あなたのことが好きです。
 会ったばかりだけど、どうしても好きなんです…」

「………」

「あなたが私を抱いてくれたとき、とっても嬉しかった…。
 どんどん好きになっていく自分がいて、あなたに惹かれる自分がいて」

「………」

彼女はキュッと唇を引き締めると、顔を上げて俺をジッと見つめる。
その真剣な眼差しに俺も真剣に見つめ返した。

「私を抱いたのは酔っていたから? それとも寂しさを紛らわせるため?」

「そ、それは…」

「もし、どちらでもなく私を少しでも想ってくれるなら…。
 想ってくれるなら、私をあなたの側にいさせて下さい」

「本気……だな?」

「…はい」

彼女の答えは真剣そのものだった。
そして俺の気持ちも真剣だった・・・。

俺も彼女のことが離れたくないほど好きだということ・・・。

自分でも不思議だった。
会ったばかりなのに、どうしてここまで好きになったのだろう。

「俺も好きだよ」

「…本当? じゃぁ――」

「でも、連れていけない」

「ど、どうしてですか?」

こんな理由は言いたくはないのだが、諦めてもらうためだ・・・仕方ない。

「キミに俺なんかは似合わない」

「…?」

「キミはとても素晴らしい女の子だよ。でも、俺は何にもできない木偶の坊だ」

「そんなことないですっ! あなたは他の人にはない優しさがあります」

「そんなもの…、誰だって持ってるさ」

そうだ、優しさなんて探せばいくらでも見つかる。
所詮はまやかしのもの、演技でもなんでもできるものだ。

「そんなこと……ないです」

「あるさっ、何もない何もしない何も出来ない俺が何を持っていると言うんだ?」

「そんな…こと……ない……ぐす」

女の子は瞳からポロポロと滴を流し、言葉を詰まらせてしまった。
そこまで追い込んでしまった自分に罪悪感を感じる。

「………」

「自分の弱さに気づいても逃げ出さず、いろんな事を言いながらも面と向かっている。
 慢心せず、偉ぶらない……初対面の人にでも優しくできるあなたは素晴らしいです」

「そんなもの……別に凄くも何ともない」

「そう、それです。
 あなたの謙虚さ、あなたの弱さ、あなたの優しさ……。
 その全てが好きなんですっ!」

「………」

「変ですか? 会ったばかりのあなたをこんなに好きになる私は可笑しいですか?
 子供っぽいですか? あなたに相応しくないですか?」

「そんなことないっ! 俺には……勿体ない過ぎるぐらいだ」

「……あ」

ついうっかり怒鳴ってしまった。
彼女を諦めさせるはずなのに、俺が真剣に言ってしまってどうするんだよ・・・。

「見つけたんです……答えを」

「答え?」

「私もあなたと同じなんですよ。 何をしたいのか? 何を求めているのか?
 その答えが見つかったような気がするんです・・・あなたに出会って」

「俺に?」

「はい。答えはあなたです」

「……え!?」

「ふふっ、厳密に言うと答えは無いんですけど……あなたといられたら別にいいかなって」

そういうことか・・・。
そんな答えの出し方もあるとは知らなかった。

だけど、それは俺も同じかもしれないな。
この女の子といるとそんな現実を忘れることができるような気がする。
この子はしっかりと俺を支えてくれて、立て直してくれるのではないだろうか?

浜辺で手を握ってくれたときも・・・酒飲んで酔ったときも・・・。
彼女は俺を元気付けてくれた。

「俺は未だに答えを見つけられていない」

「私と一緒に探しませんか? 本当の答えを…」

「いや、答えは自分一人で見つけるよ」

「……そうですか」

他人の手を借りず、見つけだしたものが本当に真実だと俺は思っている。
自分自身が導き出す答えが俺の求めているものだと。

だから俺は彼女を連れて行かない。
一緒にいたいけど、側にいてほしいけど・・・。

「じゃぁ、俺は帰るよ」

「………ひとつだけ約束してください」

「……できることなら」

「もし、また会ったとき、あなたがひとりなら私を側においてください」

「うん。約束だ」

俺はそれだけ言って荷物を持ち直すと、彼女に背を向けて歩きだした。
一度も振り返らず、ただいつもの日常に向かって。

………

ガタンゴトン、ガタンゴトン。

帰りの電車に揺られながら俺はもの凄く後悔した。

「はぁ…、俺って凄いバカじゃないのだろうか?
 せっかく、あんな可愛い彼女が出来るかというところだったのに…」

そんな呟きと大きなため息と共に、俺の思いつきの旅行は幕を閉じた・・・。




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