とある店員の観察日記〜第1章〜

 みなさん、こんにちは。私はとある喫茶店でバイトをしている高校生です。って、改めて自己紹介するまでもないわね。以前、うちの店の常連さんになっているSOS団を尾行しようとして図書館で寝ちゃったの。で、今日また同じように変装して客としてお店にいるというわけ。ちゃんと変装は先週と違えているわよ。同じ変装だと気づかれるかもしれないし、何よりあんな格好は私が嫌よ。

 先週の失敗のあと、私なりに彼らに興味を持ったので学校でちょっとした調査をしたのよ。といっても噂好きの友達にお話を聞いたくらいだけどね。なにしろ私と彼らは学年が同じだけでクラスが違うから、直接の接点はないのよ。持ちたくもないけれど。
 で、彼女の話によるとSOS団は団長が涼宮ハルヒ、以下副団長の古泉一樹、メイドの朝比奈みくる、読書係の長門有希、そして雑用のキョン、という5人らしいわ。キョン君の本名は誰も知らないんだって。おかしいわね。先生なら知っていそうだけど。それだけじゃなくて、SOS団は名前どころか役職まで変わっているのね。団長、副団長はまぁいいとして、メイドさんに読書係って何?おまけに雑用って、キョン君はどうしてそんな地位にいるのかしら。

 以上が私の、もとい友達の調査結果よ。まぁ、私も涼宮さんの名前は知っていたし、実を言うと古泉君と朝比奈さんも知っていたわ。古泉君はかっこいいし、朝比奈さんは1つ上だけど女子の私でも羨ましいくらいのかわいらしい人だから、ちょっとした噂になってるのよね。長門さんも見た感じ美少女だし、よく見てみたらキョン君以外はイケメン&美少女ぞろいじゃないの。SOS団って、本当によく分からない集団ね……っと、今日も彼らが来たわ。今日も不思議探索というのをやるのかしら。


 「さあ、今日も張り切って不思議を見つけるわよ!」
 「俺はお前がどうしていつもそう元気なのかが不思議だよ。」
 「何か言った?キョン?」
 「いーや、何も。おい古泉、何をそんなにニヤニヤしているんだ?」
 「おや、僕がニヤニヤしているのはいつものことでしょう?」
 「まぁいいわ、さっさとクジを引きなさい!」
 どうやら今日も不思議探索をするみたいね。今日の組み合わせは...男女で分かれるみたいね。
 さて、私はどうしようかしら?


 「なぜこの休日にお前と2人で散策しなけりゃならないのかね。」
 「いいじゃないですか。折角の機会なんですから、男同士の友情を育みましょう。」
 「お前との友情は否定しないが、それならいつも部室で一緒にゲームしているじゃないか。それに、一度くらい俺に勝ってくれないと、あまりの弱さにやる気がなくなるぜ?」
 「いいじゃないですか。それにゲームでいつも僕が負けるのは...そうですね、朝比奈さん流に言うなら『既定事項』という感じでしょうか。」

 ……ここまでの会話で分かると思うけれど、私は男子組の方を追うことにしたわ。そりゃあ涼宮さんがいる方を追いたくなかったわけじゃないけれど、古泉君がいるのよ?彼に対して特別な感情は持っていないけれど、ハンサムなことは変わりないし、要はそれだけのことよ。何も特別なことはないわ!ところで既定事項って何?

 そして現在、その2人は川沿いの並木道を歩いているというわけ。ここから見る限り、特に変わったことはない、ただ男友達で町に遊びに来た、というだけの感じね。どこが不思議探索なのかしら?っと、2人がベンチに掛けたわ。近くに寄り過ぎてバレる訳にはいかないけれど、そっと近づいてみましょう。
 
 「それにしても、毎度毎度不思議探索って、ハルヒは一体何をしたいんだろうね?」
 「僕としましては、涼宮さんが楽しんでいただけるのであればこれくらい大したことではありませんね。」
 「そりゃあお前はいいだろうさ、けど俺の財布の事情もちょっとは考えてほしいね。」

 どうやら涼宮さんのことを話しているみたい。会話から推測するに、どうやって涼宮さんを楽しませるかについて相談しているみたいだけど。2人は団員という以上に涼宮さんと何らかの関係があるのかしら?ほらその、彼氏、とか。でも2人同時に彼氏になってあんなに談笑できるわけないし、うーん、よく分からないわ。もうちょっと聞いてみましょう。

 「不思議探索と言ったって、やってることは単なる散歩じゃねぇか。なんでわざわざ不思議探索なんて名称を掲げるんだ?」
 「普通を嫌う涼宮さんのことですからね。当初なら分かりませんが、もしかしたら今では本当に単なる散策と思っているのかもしれませんね。」
 「それならなぜ?」
 「考えてもみてください。先ほども言いましたように涼宮さんは普通を嫌います。なので、『敢えて』不思議探索、と言っているのかもしれませんね。」
 「そうかい。というか、何だそのニヤケ面は。何で『敢えて』を強調するんだ。かえって気になるじゃないか。」
 「いえ、もしかしたら涼宮さんはあなたとペアになった時が本当の不思議探索だと思っているのではないか、と考えたまでです。」
 「おい、何でそうなる。言っとくが、俺とハルヒがペアになった時がそれほどあるわけじゃないが、やってることはほとんど同じだったぜ?それに、もしそう考えているんなら毎回俺とペアになってもおかしくないよな?」
 「おや、あなたは毎回涼宮さんと2人きりになりたいのですか?」
 「…そんなことはねぇよ。」
 「反応が遅れましたよ。」
 「!! う、うるせぇ。」
 「なぜ目を逸らすのですか?それにどもりましたね。しかも心なしか顔が赤い。」
 「いい加減にしろよ。それより、どうしてあいつがそう考えるんだ。別に俺じゃなくてもいいじゃねぇか。俺からすれば、あいつのご機嫌取りはお前の方が適任だと思うんだがな。」

 (話題を逸らせましたね。彼にも困ったものです。ではこういうのはどうでしょうか?)

 「お2人で閉鎖空間に行ったではありませんか。」
 「いきなり何を言い出すんだ。というかそれを思い出させるな。それに、そのことは今まったく関係ないじゃねぇか。しかも俺はあいつに連れて行かれたようなもんだし、あれは夢の中のことであって現実のことではねぇ。少なくともハルヒはそう思っているはずだ。」
 「少なくとも、とはどういうことでしょう?まさかあなたはあれが現実だったと考えているのですか?」
 「! ちげーよ。俺も夢だと思っているし、実際そうじゃねぇか。あれが現実だとしたら俺はとっくにあの世に行ってるぜ。」
 「フフ、僕としましては、あそこで起こったこと全てとはいいませんが、ラストシーンだけでも再演してもらえれば肩の荷が下りるんですが。」
 「ふざけるな。だからそれを思い出させるなと言っただろ。というかお前は何を知ってやがる?…まぁいい。それより今現在の話だ。ここでその話を出したことと、このふざけた恒例行事と、どう関係するんだ?」
 「ですからこういうことです。涼宮さんはたとえ夢だったにせよあなたと閉鎖空間に行った。涼宮さんにとってはこれ以上ない『不思議な世界』だったことでしょう。」
 「まぁ、あんなバケモンが出てきたからな。あんなところに2人で閉じ込められた挙句俺は……何てことをしてしまったんだ…?」
 「落ち着いてください。黒歴史を振り返るのはお1人でどうぞ。つまり、涼宮さんはあなたとならばまたあの時のような不思議に出会えるかもしれない、と意識的にしろ無意識にしろ思っているのではないか、ということです。恐らく無意識でしょう。ですから、この不思議探索であなたと涼宮さんがペアになることも残念ながら毎回というわけではないようです。」
 「お前……まぁいい、だが仮にそうだとしても、俺は何もできねぇぜ。どこかから異世界人を連れてくるなんてことはな。」
 「別に異世界人を連れてこなくてもいいのです。というか、お知り合いにいらっしゃるのでしたら是非連れてきて頂きたいものですね。フフフ」
 「だからいねーよ。」
 「こうしてはどうでしょう?涼宮さんが望むような状況をあなたが作るのです。」
 「何だそれは。あいつの望む状況なんて俺には想像できねーし、したくもねぇ。どんなトンデモ野郎が出てくるかわからねぇしな。」
 「涼宮さんを注意深く観察していれば分かるかもしれませんよ。といっても、もうすでにあなたは誰よりも注意深く彼女を観察しているわけですが。」
 「わからねぇな。まぁ、俺が注意深くあいつを観察していることは認めてもいい。同じクラスの前と後ろだし、SOS団の中で他にブレーキがいねぇからな。っておい、何だその意味深なニヤケ面は。」

 っと、思わず聞き入ってしまったわ。なんだかよく分からない単語が出てきたわね。閉鎖空間?異世界人?そんなものを探す目的で不思議探索をしているのかしら。ほんと、変わってるわね。でも、どうやら涼宮さんをキョン君が気にしているというより好きなのは確かなようね。あの反応じゃバレバレよ。前回キョン君について行ったのは失敗だったけれど、今日はそうでもなさそうね。これは古泉君じゃなくても彼を応援したくなるというものよ!

 ……何か方向性が変わってきたわね。けどちょっと待って、今の会話から推測すると不思議探索はキョン君と涼宮さんがペアになった時がポイントってわけ?じゃあ何で毎回5人でクジ引きなんて回りくどいことをするのかしら?涼宮さんの性格に詳しいわけじゃないけれど、どうもそんな回りくどいことをするような人には見えないわ。これは引き続き調査の必要性ありね!って、いつの間にか2人がいなくなってるじゃないの!?
 今日はここまでのようね。早く帰って今日の情報を整理しなくちゃ。
 
 

〜喫茶店〜

 「……というわけです。」

 先週と同じく、私はバイト先の喫茶店で報告会をしています。というか、仕事の後のミーティングをこんなことに使っていいのかしら。

 「なになに?そうすると、そのキョン君ってのが涼宮さんの彼氏ってこと?でもそうなら普通2人っきりで店に来るはずよね?その辺はどうなってるの!?」

 色恋沙汰となると目の色を変える先輩で困ります。というか、まだそう決まったわけじゃないでしょうと何度も言ってるのに。
 「いいわ!あなたはこれから毎週、彼らを張りなさい!そして5人の恋模様を解明するのよ!」

 ちょっと待ってください!そんなの嫌です!!最初と目的が完全に変わってるじゃないですか!そもそも私のバイトはどうなるんですか!?

 「大丈夫よ、週末は普通にラインを引いて、あなたは出回りということにしておけばいいのよ。そうすればバイト代が入るじゃないの。店長は私に任せなさい。むしろ、あなたは働かずしてお金がもらえるんだから喜んでくれたっていいじゃないの。」

 先輩は目を輝かせてそう言った。いや、それってもうあなたの個人的趣味の領域じゃありませんか?そんなこと言ってもし店長にバレたらどうするんですか!そもそも出回りって何ですか!ウチ喫茶店ですよ?出前だってほとんどないのに……ま、ここで私が「じゃあ先輩がやってくださいよ」なんて言おうものならどんな仕返しが待っているかわからないので言えないわ。



〜キョンサイド〜

 この部分は俺のモノローグで行くぜ。当然だろ。俺と言えばこの独白が特徴だよな。いや、俺は一体誰に向かって何を言ってるんだ?
 「それにしても今日の不思議探索も疲れたぜ。古泉の野郎、覚えとけよ。ハルヒが俺にそんな感情を持ってるわけがねぇじゃねぇか。」
 俺は1人自宅のベッドの上でつぶやいた。宿題なんて手につくわけがねぇ。そしてそこ、そんな感情ってどんな感情かなんて質問はナシだぜ。もちろん、じゃあお前はハルヒについてどう思ってるのかという質問もな。
 「ところで、今日も何やら妙な奴がつけてきてたな。長門の話じゃ心配ないみたいだが、先週の奴とは違う奴に見えたぞ。古泉は気づいてたんだろうか?いや、俺が気づくぐらいだからあいつが気づかないわけないよな。」
 「ってちょっと待て、そしたらあんな話してよかったのか?考えたくもないが、あの尾行野郎が変装したハルヒだって可能性もある。あの話をハルヒに聞かれたら古泉だけじゃなく俺だって大問題だぜ…」
 そう考えながら、俺はいつの間にか寝息を立てており、気づいたのは月曜の朝だった。やべぇ、時間割すら合わせてねぇ。



〜古泉サイド〜

 「さて、彼にも困ったものです。みなさん、どうすればあの2人をくっつけることができるのか、意見を出していただけますか。」

 こんにちは、古泉です。僕は昼間の不思議探索が解散した後、いつものように3人で例の喫茶店に戻ってきております。もちろん、他のお2人は長門さんと朝比奈さんです。SOS団の恒例行事となった週末の不思議探索ですが、彼が閉鎖空間から帰ってきてからというもの、どうすれば2人をくっつけることができるか、という目的の下に行動することになりました。もちろん2人にはナイショです。そこで、毎週探索が終わった後にこうして極秘ミーティングを開いているというわけです。ちなみに、ここは毎回僕のおごりなので、昼間の彼の言動はやや的外れ、といったところでしょうね。

 「やっぱり、キョン君と涼宮さんを2人きりにする回数を多くすればいいんじゃないでしょうか?」
 健気な未来人さんがおっしゃる。

 「それは推奨できない。あまりにも回数が多ければさすがに涼宮ハルヒは不審に思う。」
 宇宙人、正確には...面倒なのでTFEIと言っておきますが、長門さんがおっしゃる。その通り、今までの組み合わせは全て長門さんの情報操作によるものです。涼宮さんは願望を実現する能力を持っていますが、閉鎖空間から帰ってきてからというもの、その力は弱まっているので長門さんであれば介入することもできるというわけです。

 「そのことですが、今日彼にちょっとしたカマを掛けてみたんです。そうしたらまんざらでもない様子でしたよ。それに、この辺で一度お2人をくっつけた方が涼宮さんの不満もおさまるのではないでしょうか。」
 「そうですよね、もう6回連続で私たちの誰かと組んでいますもんね…」

 その通り、僕たちはここ最近、入れ替わりながら2人のどちらかと必ずペアになっています。お2人の気持ちを聞きだすためですが、さすがに限界でしょうね。

 「その6回で、彼らがお互いに相手をどう考えているのかは僕たちには判明しています。願わくば、僕たちが何もしなくても気づいて欲しいものですが、困ったものです。」
 「古泉一樹、その願望は叶わないと考えるべき。彼らの鈍感さは異常。」
 「周りから見れば分かりやすいんですけどね。2人とも素直じゃないというか…」
 「朝比奈さん、もう一度確認しますが、将来の彼らはどうなっているのでしょう?」
 「ふぇっ!?き、禁則事項です!何度も言ってるじゃないですか〜」
 「フフ、ご心配なく。冗談です。さて、長門さん。この辺で一度彼らをペアにして、僕たちは後ろから尾行する、というのはどうでしょう?」
 「あ、いいですねそれ!」
 「了解した。では、来週彼らがペアになるようにする。」

 これで僕たちの極秘ミーティングは終了しました。来週が楽しみです。はて、何やらここ2週間で僕たちのことを尾行している方がいらっしゃるようですが、長門さんなら気づいていらっしゃるでしょうし、そちらも見物ですね。

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